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エピローグ三日後の朝。香奈はまたもや校内放送で呼び出され、職員室に向かった。 「おはようございます、遠藤先生。なにかご用ですか?」 「おう、おはよう」 振り向いた光一郎の机の上には、一メートルほどの高さに重ねたプリントが置いてあった。 香奈は、とりあえず尋ねてみた。 「……あの、先生。どうしてこんなにしょっちゅうプリント配ろうとするんですか?」 光一郎が、しみじみとした表情で答えた。 「いやぁ、おまえ達の指導に熱が入る余り、気がついたらこうしてプリントを刷ってるんだよ。俺って本当に素敵な教師だよな」 「……自分で言わないでくださいよ」 香奈は思わず真剣に突っ込んだ。 職員室を出た二人は、並んで歩き始めた。 やはりすでに学活が始まっているため、廊下には誰の姿もなかった。 光一郎が、プリント越しに顔を向けた。 「悪いな、いつも重たい思いさせて。よかったら今日もなんかおごるぞ」 「いいですよ、そんなの」 「まあ、遠慮すんな。何がいい、紅茶か?」 「ううん、本当にいいんです」 プリントを見つめたまま、香奈は小さく首を振った。 「……でもその代わり、一つだけお願いしてもいいですか?」 「ん、なんだ?一つと言わず、いくつでも言ってみろ」 「じゃあ、遠慮なく。あのね、先生」 光一郎を見つめて、香奈はそっと呟いた。 「今度の日曜日、先生のアパートに行ってもいいですか?」 香奈の横で、光一郎が思いっきり転んだ。 プリントの雨が大量に降り注ぐ中、光一郎が驚いたような顔で香奈を見上げた。 「……神崎。おまえ、今何て言った?」 「『先生のアパートに行ってもいい?』って言いました」 光一郎が、あたふたと辺りを見渡し始めた。 「……いや、あの。俺は別にいいけど、だけどやっぱりそれは立場上まずいっていうか、でも個人的には当然大歓迎なわけなんだが、だけどやっぱりそれはあの……」 光一郎の様子をじっと見つめていた香奈は、プリントを床に下ろしてから言葉を続けた。 「クラスの子と、一〇人くらいで」 「……え?」 香奈は思わず、満面の笑みを浮かべた。 「みんなを代表して訊いただけなんですけど。先生ったら、どうしてそんなにリアクション大きいの?」 ぼんやりと香奈を見つめていた光一郎が、しばらくしてから低い声で呟いた。 「てめぇ、神崎。騙したな」 「あのね、先生。私だって、いつまでもどきどきさせられっぱなしじゃないんだからね」 余裕の笑顔で、香奈は答えた。 そして二人は、小声で言い争いながらプリントを拾い始めた。 完 |
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