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雪の降る空の下

 季節は秋真っ盛りだった。

 駅から会社まで続く街路樹は紅く色づき、ぱらぱらと地面に落ちてくる葉の数も日に日に増えていった。

 あれから約一ヶ月が経った。田辺は北村事務所の営業として、随分と会社に馴染んでいた。

 入社して二日目、田辺は家中をあさって古いノートを何冊か見つけ出した。それを倉庫に持ち込んで、とにかく自分が覚えたい事を全て書き込んだ。

 流行っているキャラクター、地道に人気のあるキャラクター、取り扱っている商品の種類、売れ筋の商品、価格、掛け率、etc。

 覚える事は山のようにあり、田辺は倉庫に三日間こもった。その間、正子やその他のおばさん達に積極的に話し掛け、いろいろ教えてもらった。

 心の底から嫌だったが、倉庫にある門脇の部屋にまで押し掛けた。一つの答えを言うのに九は嫌味を言う門脇に耐えながら、田辺は全ての情報を頭とノートに叩き込んだ。

 そんな地道な努力のおかげで、今では田辺も専門的な商品の話に付いていけるようになっていた。知識を武器に新規開拓を目指し、田辺は毎日たくさんの店に飛び込んで行った。

 会社の沿線の駅で、田辺は電車を下りた。

 時刻は午後四時過ぎ。駅に向かって学生達が大勢歩いていた。

 田辺は昨夜、この地域の地図を丹念に調べてみた。それで、周辺にいくつかの学校が点在しているこの駅を見つけたのだ。

 駅ビルは三つあった。それぞれを結ぶ屋根付きの通路が、駅から伸びた道と繋がっていた。

 しばらく様子を見ていると、駅に向かう人も駅から出てきた人も、いずれかのビルに立ち寄る確率が高いようだ。もしかしたら、ビルのどこかに地元の人が利用する近道があるのかも知れない。 

「ここはねらい目だな……」

 呟いて、田辺は駅ビルの一つに向かった。

 三つの駅ビルの中には、雑貨屋が合計して六軒もあった。それぞれの店で女の子達が楽しそうに放課後の時間を過ごしていた。

 六軒を丁寧に見て回ってから、田辺は一軒の店にねらいを定めた。

 その店は客層が低めで、そのため商品の一番の特長が「可愛い」というところにあった。キャラクターものを多く扱っている北村事務所の一番得意とする分野だ。実際、その店にある商品は倉庫にあった在庫とかなり共通している。

 かなり広いスペースの店だった。流行っているものがきちんと揃っており、とんでもなく古そうな商品もない。きちんと商品が回転しているようだ。店員もきびきびと働いていて、掃除も行き届いている。店に掛かっている案内によるとこの辺りに九つの支店があるようだ。

 取引先相手として申し分のない店だ。あとは、掛け率が問題だ。

 「掛け率」とは、商品を店に入れる際の値段を決めるものだ。例えば「七掛け」なら、一〇〇〇円の商品を七〇〇円で店に引き渡す事になる。売値との差額の三〇〇円が、店の利益になるのだ。

 同じような商品を扱う問屋同士の勝負が決まる要素として、この掛け率は重要なポイントになる。

 北村事務所が提示出来る掛け率は、他の問屋に比べて決して悪くないはずだ。後はその利点をどうアピールするか、それに掛かっている。田辺は営業の血が騒いで来るのを感じた。

 会計をしている客がいない事を確認してから、田辺はレジにいる女の子に声を掛け、名刺を差し出した。

「お忙しいところ、すみません。私、北村事務所の田辺と申します」

「はあ……」

 名刺を受け取りながらも、店員は少し不審そうな表情を浮かべていた。まったく動じず、田辺は話を続けた

「今こちらの前を通り掛かって、すごく可愛いお店だったもので思わず入って来てしまったんですよ。私、こんな顔してますが、実は雑貨が好きなんです。それに、レジにいる可愛い店員さんにも釣られてしまいましたし」

 田辺のセールストークに、店員がまんざらでもないような顔で返事をしてくれた。

「でも、男性で雑貨が好きって方も結構いらっしゃいますよ。それにうちのオーナーも男性ですけど、可愛いものが大好きだし」

「そうなんですか。それは気が合いそうだな。で、今日はオーナーさん、お見えですか?」

「ええ、奥にいますよ。今、呼んで来ます。少々お待ち下さい」

 にっこりと微笑んでから、店員がレジの後ろにある事務室に入って行った。

 店員に連れられてやって来たのは、仏頂面をしたおじさんだった。かなり恐い顔をしている上に、どうやらご機嫌がよろしくないらしい。田辺の名刺を手にしながらも、面倒くさそうな顔をしていた。

「私が、この店のオーナーですが」

 田辺は深々と頭を下げた。

「あ、これはお呼びだてして申し訳ありません。私、北村事務所の田辺と申します」

 田辺に眼も向けず、オーナーががりがりと頭をかいた。

「あなた、問屋さんでしょ?悪いけど、うちはもうひいきのところがあるからお役に立てないよ」

「いえいえ、そういった事ではないんです。こちらのお店があまりにも魅力的だったもので、つい寄ってしまっただけなんですよ」

 笑顔を浮かべながら、田辺はお店のあちこちに視線を投げ掛けた。

「私もいくつかのお得意様を見てますが、これほど素敵なお店はなかなかありません。それで大変ずうずうしいお願いなんですが、もしお時間があるようでしたら社長のお話をお聞かせ願って、勉強させて頂ければと思いまして」

「……ちょっと君、そんなお世辞はやめてくれよ」

 そう言いながらも、田辺の丁寧な対応と誉め言葉にオーナーの表情が少し緩んで来た。

「でもまあ、私としてもこの店はかなり自慢なんだがね。なにしろここは場所がいい。よく売れてるから品揃えにも力が入れられるしね」

「ええ、それに店員さんもきちんとしていらっしゃいますしね。少しお話しただけで、社長の指導力を感じてしまいますよ」

「うん、まあな。やはり店というのは、確かな商品と確かな人材で支えられてるものなんだよ。私はいつもそう思って従業員を育てているんだ」

「なるほど、さすがですね。やはり店員募集の際の面接なども、社長がおやりになるんでしょうか?」

「もちろんだよ。その時点から眼を光らせなければ、いい人材を捕まえられないからね」

 オーナーの話を丹念に引き出して相槌を打ちながら、田辺はひたすら聞き役に回っていた。そしてチャンスを待った。

 しばらくして、オーナーの話に大きく頷いて見せながら、田辺は自分にゴーサインを出した。

「いやぁ、社長。さすが一〇店も経営されておられる方のお言葉は重みがあります。こちらとお取引出来る問屋さんが羨ましいですよ。やはりみなさん、かなり勉強なさっているんでしょうね。まあ、六掛け以内は当たり前でしょう」

 田辺の「六掛け以内」の言葉に、オーナーの表情がかすかに揺れた。それに気がつかない振りをしながら、田辺は近くにある商品を手に取って呟いた。

「ふむ、この商品なら五・五掛けってところかな……」

 ゆっくりと商品を戻しながら、田辺はオーナーに笑顔を向けた。

「あ、これは社長。とんだ長居をしてしまいました。これ以上お仕事の邪魔をするわけにも行きません。お名残惜しいですが、私はこれで失礼します。ためになるお話をありがとうございました」

 深々と頭を下げてから背中を向けた田辺に、オーナーが声を掛けた。

「ちょっと待ちなさい。その商品が五・五掛けというのは本当かね?」

 田辺は、にこやかな表情のまま振り返った。

「ええ、本当です。こちらのように商品をきちんと売って頂けるお得意様に対しては、こちらも最大限の勉強をさせて頂かないと」

 オーナーの眼に探るような色が浮かんだ。

「しかし、この商品はかなりヒットしてるだろう。六掛けを切るのは難しいんじゃないのか?」

「実はですね、うちの事務所とこのメーカーさんは付き合いが長いんです。それで、うちにだけは特別な価格をつけて下さるんですよ」

 田辺の言葉を聞いて、オーナーの顔に少し意地悪な表情が浮かんだ。

「なるほどね。だがそうすると、掛けが安くなるのはこのメーカーだけって事になるな」

 厳しいオーナーの言葉に、田辺は余裕の笑顔で首を振った。

「いえいえ、そんな事はありません。北村事務所は創業二三年の歴史があります。昔からお付き合いさせて頂いているメーカーさんが、結構あるんですよ」

 そこで、田辺は言葉を切った。オーナーは、何かを見定めるように田辺の顔を眺めていた。

 少ししてからオーナーの顔に、それまでは見せなかった柔らかい表情が浮かんだ。

「田辺君。今度は私が、君の話を詳しく聞きたいんだがね。これから少し時間をもらえるかな?」

 田辺は、オーナーに向けてにっこりと微笑み返した。

「もちろんです、社長。少しと言わず、ゆっくりとお話させて下さい」

 三時間後、田辺は勢いよく事務所に飛び込んだ。事務所内に残っていた雪乃を見つけて、田辺は笑顔を浮かべた。

「社長、新規契約が取れそうですよ!本店と支店合わせて一〇店舗の店です」

 ソファで書類を見ていた雪乃が、驚いたように顔を上げた。

「本当?それってどこのお店?」

 田辺は、さっきまでの状況を雪乃に話して聞かせた。

 話を聞き終えた雪乃が、感激した様子でため息をついた。

「すごーい、あのお店と契約出来るんだぁ。あそこのオーナーさんって恐くなかった?すごくシビアで仕事に厳しいって、業界でもかなり有名なんだよ」

 雪乃の言葉に、田辺は頷いて見せた。

「ああ、確かにシビアでしたね。俺の眼の前でひいきの問屋に電話して『おたくはこの数字まで落とせないか?』って交渉してたし」

「そうなんだ。で、相手は?」

「相当ねばってましたけど、諦めたみたいです。何しろ、うちの数字はかなり低いですからね」

 雪乃がしみじみとした顔で頷き返した。

「だよねぇ。メーカーさんがかなり勉強してくれるから、本当にありがたいよ」

「そうですね。これも、社長の人柄と実力のおかげですよ」

 笑顔で答えた田辺の言葉に、雪乃が戸惑ったような表情を浮かべた。

「そんな、全然。私なんて、先代がくれた縁を切らさないようにしてるだけで精一杯だもん」

「何言ってるんですか」

 田辺は、真面目な顔で雪乃を見つめた。

「世の中には、親から受け継いだものを一瞬でなくす人もいるんです。今、この会社がこうしてあるのは、まぎれもなくあなたの実力なんですよ」

「……そう、かなぁ」

 田辺の顔から眼を逸らしながら、雪乃がうっすらと頬を染めた。

「ありがとね、田辺君。なんか、すごく嬉しい」

 赤くなった雪乃を見て急に照れくさくなった田辺は、眼を逸らしながら小さく呟いた。

「いや、そんなお礼なんて。俺は、思った事を言っただけですから」

 田辺の様子に気がついた雪乃が、いたずらっぽく笑いながら顔を覗き込んできた。

「あ、田辺君ったら、なんか照れてるー!なんで、どして?」

「……照れてる人にそういう事を聞くんじゃありません」

 田辺は思わず雪乃の額をぴしゃりと叩いた。

「あ、ひどーい!社長の事殴ったー」

 額を押さえながら苦情を言う雪乃に、田辺がさらりと答えた。

「いいんです。今のは社員としてじゃなく、人生の先輩として指導を入れてあげたんですから」

「なるほど。じゃ、いっか」

 あっさりと納得した雪乃が、にっこりと笑顔を浮かべた。

「ねえ、田辺君。よかったらこれから飲みに行かない?おごっちゃうから、お祝いしようよ」

「え、いや……」

 急に口ごもった田辺を見て、雪乃の表情がさっと曇った。

「あ、ごめんね。女の子と二人で飲みに行ったら、彼女に怒られちゃうか……」

「いや、そうじゃなくて」

 田辺は慌てて首を振った。

「俺、彼女とかいないから、それは全然構わないんですけど」

 田辺の言葉を聞いて、雪乃が一瞬笑顔を見せた。

「あ、田辺君って彼女いないんだ。……そっか、いないんだぁ」

 後半、呟くように言っていた雪乃が、ふいにきりっとした眼を田辺に向けた。

「じゃあ、何でそんな顔するの?私が相手じゃ不満?」

「いや、だからそうじゃなくて」

 田辺が困ったような表情を浮かべた。

「一応俺は年上なのに、おごってもらうってのは何だか情けないな、と思って」

 雪乃が、安心したように笑った。

「なんだぁ、そんな事か。気にしないでいいのに」

「気にしますよ。一応俺にだって、男の意地っていうか、プライドがあるんですからね」

 憤然と答える田辺を見て、雪乃が少し何かを考えてから顔を上げた。

「じゃあ、田辺君のお給料が出たらまた一緒に飲みに行かない?その時は、田辺君がおごってくれるって事にして。それじゃ駄目?」

 おねだりするように自分を見上げる雪乃の顔を見て、田辺は頭をかきながら頷いた。

「……分かりました。じゃあ、今日はご馳走になります」

「やったぁ!そうこなくっちゃ」

 満面の笑みを浮かべた雪乃に、田辺がにやりと笑い掛けた。

「社長、覚悟して下さいよ。このところ悲惨な食生活なんで、今日は遠慮なくめちゃくちゃ食いますからね」

「そんなの、全然オッケーです」

 張り切って答えた雪乃が社長室に入り、バッグをつかんで駆け戻って来た。

「んじゃ、早速出発しましょう!」

 うきうきと事務所を出る雪乃の背中を見て、田辺は思わず声を立てて笑った。

 二人は、歓迎会で使ったお店に来ていた。

 ビールを片手に次々にお皿を開ける田辺を、雪乃がにこにこと眺めていた。

「社長、さっきから何をにやにやしてるんですか?」

「だって、田辺君ってすごく食べっぷりがいいんだもん。男の人が美味しそうにたくさん食べる姿って、いいなって思って」

「へー、そんなもんなんですかね。でも俺、単に飢えてるだけですよ」

 田辺は手羽先を手に取り、大きく口を開けてかぶりついた。

「じいさんが農業やってるもんで、米だけはたくさんあるんですけどね。逆を言うと米しかないわけで。毎日主食だけで生きてるんですよ」

「ふーん、そうなんだぁ」

 相槌を打ちながら、雪乃がから揚げを一つつまみ上げた。

「お米って、どんなに食べても飽きないって言うけど、あれ本当?」

「本当ですよ。それに、俺の場合は色々工夫してますから。チャーハンにするとか、雑炊にするとかね」

 田辺は、一瞬焼きおにぎりに伸ばそうとした手を止め、かた焼きそばの皿を引き寄せた。

「でもたまに、ものすごくパンが食べたくなったりするんですよね。そういう時は、近所のパン屋に行って無料で置いてあるパンの耳をもらって来るんです」

「パンの耳?それを、そのままムシャムシャ食べるの?」

「いやいや、ちゃんと手を加えますよ。油で揚げて砂糖を振り掛けたり、フレンチトースト風にしてみたり」

 雪乃が、感心したように田辺を見つめた。

「へー、結構マメなのね、田辺君って」

「普段はそうでもないですけど、食べる事に関してはマメです。毎日の事ですから少しでも工夫しないと」

「なるほど、なんか説得力ある」

 頷いた雪乃が、さりげなく自分の分の焼き鳥を田辺の皿に置いた。

「ねえ、田辺君。今までもずっと、料理とかしてたの?」

「ええ、結構やってました。俺、大学に入った時から一人暮らしなんですよ。仕送りもそんなにもらってなかったし、外食は金掛かりますからね。で、少しずつ自炊が増えました」

「ふーん、そっかぁ……」

 雪乃が言葉を切った後、少しの間沈黙が続いた。しばらくして、半分以上グラスに残っていたレモンサワーをぐいっと飲みほしてから、雪乃が田辺に声を掛けた。

「ねえ、田辺君。いきなりな質問してもいいかな?」

 田辺は箸を止め、少し緊張感が漂った雪乃に眼を向けた。

「ええ、いいですよ」

 田辺の返事を聞いた雪乃が少し口ごもったあと、思い切ったように口を開いた。

「えっと、あのね。田辺君の理想の女の子って、どういう子かな?」

「理想、ですか?」

 雪乃の言葉に、田辺は怪訝な表情を浮かべた。

「本当にいきなりですね。そんな事訊いてどうすんですか?」

 途端に、雪乃が困ったように顔を伏せた。

「どうするって。別にどうもしないけど……」

 雪乃の表情を見て、田辺もまた困ったように眼を逸らした。

「あ、……失礼しました」

「もう!そこで謝らないでよ!」

少し赤い顔をした雪乃が、田辺の額をぴしゃりと叩いた。

「痛っ!ちょっと社長。社員に暴力振るわないで下さいよ」

「いいのー、これは田辺君のセクハラに対する抗議なんだから!」

「なるほど。じゃ、いいですけど」

 あっさりと納得した田辺は、真剣な表情を作って見せた。

「うーん……、理想の女の子、ねぇ」

 腕を組んでいる田辺を、雪乃がじぃっと見つめていた。

「俺の理想は、一緒にいて気持ちが休まる人かなぁ。いつでも笑顔でいてくれて、俺が落ち込んでる時に『大丈夫だよ』って言ってくれるような」

「ふむふむ、なるほど」

 今にもメモし出しそうな勢いで頷いていた雪乃が、質問を続けた。

「で、外見は?」

「外見では特に理想ってないですよ。まあ、あまりにも努力してない人はともかく、普通にお化粧したりお洒落してくれてたら、それで」

「でもねでもね、男の人ってみんな、胸とかボーンって大きい子が好きだったりするんじゃないの?」

 ジェスチャー付きの雪乃の質問に、田辺は声を立てて笑った。

「そりゃ偏見ですって。男がみんな巨乳好きってわけじゃないんです。胸なんて手の平サイズで十分ですよ」

「……手の平サイズ」

 呟いて、雪乃が急に大人しくなった。俯いてしまった雪乃を見て、田辺は急に慌て始めた。

「あ、失礼しました。女の子に何言ってんだろ、俺」

 おたおたとしている田辺に気がつく事なく、雪乃が思い切ったように顔を上げた。

「ねえ、田辺君。その手の平は田辺君の手?それとも、女の子の手?」

 雪乃の言葉を聞いて、田辺はしばらくの間その眼をじっと見つめた。

「……え?」

 田辺の疑問の声に、雪乃が言葉を続けた。

「あのね、それによって随分大きさが違うと思うんだ。ねえ、どっち?」

 まっすぐに自分を見つめる様子を見て、田辺は相手が真剣だと悟った。酔った頭でいろいろと考えた田辺は、雪乃が恐らく喜ぶであろう答えを導き出した。

「あの、……女の子の手の平サイズでいいと思います」

 答えを聞いた途端、雪乃が大きく息をついた。

「そっかぁ、良かったー。それならまだ、私でも」

 突然、雪乃が言葉を切った。その様子を見守っていた田辺は、しばらくしてからそっと顔を覗き込んだ。

「あの、どうしました?」

「……田辺君。私、今ものすごい事言ってなかった?」

 呟いている雪乃から眼を逸らし、田辺は頭をかいた

「あ……。まあ、結構大胆な発言だったかも知れませんが、俺、そういうのあんまり気にしませんから」

「でも、女の子として今のセリフってあまりにも……」

 消え入りそうな声で呟く雪乃を困ったように見ていた田辺は、少し何かを考えたあと、メニューを手にして差し出した。

「社長、飲みましょう。この際飲みまくって、お互いに記憶をなくしましょう」

 田辺の言葉に、雪乃がそっと眼を上げた。

「……田辺君って、飲んだら記憶なくなる方?」

「ええ、あと生中三杯くらい飲んだら、きっと何もかも忘れてしまいます」

 大きく頷いて見せた田辺に、雪乃が真剣な顔で頷き返した。

「分かった!じゃあ、飲もう。私も付き合うから」

 メニューを受け取った雪乃が、大きな声で店員を呼んだ。

 この夜、二人は飲めるだけ飲み、ご機嫌で手を振って別れた。そして次の日、何気ない顔で出勤し、挨拶を交わした。

 結局、二人の記憶の中にこの夜の出来事が残っていたかどうかは、お互いに分からないままだった。

 



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