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九、隆司 一二時



 隆司の携帯電話が鳴った。一瞬、無視しようとした。今は電話どころではない。

「工藤さん、携帯が鳴ってますよ」

 中西が顔を向けた。

「いえ、いいんです。どうせ大した電話じゃないでしょうから」

「駄目ですよ、工藤さん。緊急の用事だったらどうするんですか。何かあって、取り返しが付かない事になったら大変です。こちらを気にせず、出て下さい」

「分かりました。じゃ、失礼します」

 隆司は携帯を取り出し、画面に出ている名前を見た。柚香だった。

 隆司は中西に携帯を示した。

「中西さん、柚香君からです!」

「すぐに出て下さい。ただし、工藤さんからは話さない事。もしかしたら、柚香さんが隙を見て掛けているのかも知れません。音を立てないで下さい」

 隆司は汗ばむ手で携帯を握り締め、受信ボタンを押した。一体何の電話だろう。中西の言うように、柚香が犯人に隠れて掛けているのだろうか。

「ね、何もないでしょう。雄也君」

 聞きなれた柚香の声がした。隆司に話し掛けない所をみると、やはり犯人は知らないのだろう。隆司は中西に頷いて見せた。

中西が小さな声で太田に指示を与えた。太田が中西にビニールテープを手渡してからスピーカーをセットし始めた。ビニールテープを三〇センチほどの長さに切り、中西が隆司に差し出した。どうやら送話口を塞げという意味らしい。隆司は携帯にテープを巻いた。これで、こちらの声は伝わらない。

太田が、スピーカーに繋いだ線を隆司に示した。

「工藤さん、これを携帯の脇にあるイヤホンの差込口に入れて下さい」

隆司は太田の言葉に従った。

スピーカーから、店の中にいる二人の声が響き始めた。



 隆司は、スピーカーから聞こえる話の内容に集中していた。中西と瑞穂の母親も真剣に聞いている。太田が、話の途中で出てくる情報をメモしていた。

 中西が太田の耳に何かを囁いた。太田が頷いて車から降りた。外で小さな話し声が聞こえた。

しばらくして、太田が車に乗り込んで中西に耳打ちをした。太田がメモに戻ったのを確認して、中西が隆司と瑞穂の母親を見た。

「犯人が判明しました。橘雄也、二一歳の大学生です。この近くのアパートで住民を刺したようで、逃亡したところを目撃されています。聞き込みに当たっていた金子が刺された被害者を見つけて一一九番通報しました。刺されたのは水野康介、同じく二一歳です。被害者は、処置室で傷の縫合をしています」

 隆司は中西に尋ねた。

「中西さん、その情報はどこから出てきたんですか?」

「先ほど話に出てきた『雄也』と『康介』の名前を金子に伝えたところ、『康介』という被害者の名前が一致したんです。さらにその場にいたご家族に確認したところ、大学の友人に『雄也』という者がいると確認出来ました。まず、間違いないでしょう」

 隆司は再び中西に尋ねた。

「中西さん。これから先、どうするおつもりですか?」

「今は待機です。動機と中の様子は柚香さんが教えてくれている。詳しい話が判明した時点で説得を行います。それに応じなければ、突入です」

 突入の言葉に、瑞穂の母親が唇を噛んだ。隆司も同じ気持ちだ。突入は避けたい。

 隆司は携帯を見つめた。柚香と雄也の話し声が耳に届く。中西の報告を聞いている間に二人の話はかなり進展していた。柚香はどんな気持ちでこの会話をしているのだろうか。

最初は情報をこちらに伝えるためだったのだろう。現に、柚香のくれた情報が、犯人と被害者の名前、そして二人の関係を明らかにしたのだ。

 しかし、さっきから話は違う空気をはらんできている。柚香は、何故こんなにも雄也の話を否定するのだろうか。口を挟まずに話をさせた方が、こちらに情報を伝えやすいはずだ。柚香は聞き役に徹するべきだろう。

 いや、もしかすると……。隆司は考えた。

柚香は雄也に、自分のした事を見つめ直してほしいと思っているのかも知れない。

康介のした事は間違っていた。雄也が康介を憎んだ事は当然の事だった。雄也の中で、もしもその二つが否定されたら、犯行を後悔するに違いない。

 雄也がもし犯行を後悔したら、考えられるのは自首の可能性だ。

 全ての者にとって一番いい結果だ。柚香は瑞穂を危険な目に合わせたくないだろう。もちろん、自分自身も。逃走も、突入も、人質に危険が及ぶ。自首が一番平和的解決法だ。

 隆司は確信した。柚香は雄也に自首させようとしている。しかし、どこか歯車が狂い始めている。柚香は、雄也に勝てるだろうか。

 隆司は息をひそめて二人の会話を聞いていた。そして、話は大きく方向を変えた。

「私、康介君と同じ立場にいた事があるの」

 隆司は、驚いて再び携帯を見つめた。



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