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八、金子 一二時四五分



 同乗した救急車から降りて、もう一時間が経っていた。

金子は処置室の前にいた。治療中を表す赤いランプは、まだ消える様子がない。

 金子は、同じく聞き込み中の畑中に連絡してアパートの大家に当たってもらった。

家族にも連絡が行き、金子の目の前に康介の母親と兄がいた。康介の母親は駆けつけてからずっと処置室の前に立ち尽くし、赤いランプを見つめていた。兄はうろうろと歩き回っていた。

ふと、金子の胸で携帯のバイブがなった。太田からだった。一旦切ってから、病院を出て掛け直した。

「太田、いきなり切って悪かったな。今、病院にいたんだよ」

「病院ですか?どうしてそんな所に」

「聞き込みをしてるうちに、アパートの一室で、ナイフで刺されたらしい男を見つけたんだ。救急車で運んで、今は処置室にいる」

「ナイフですって?金子さん、その男の名前と年齢は?」

「水野康介、二一歳で、大学三年生だ。立てこもり現場から近いアパートで一人暮らしをしている。刺された時間は一一時前後のようだ。目撃者に訊くと、犯人らしき男は立てこもり犯と服装が似ている。そっちの事件との関連が考えられるが、どうだろうな」 

 返事をする太田の声に力がこもっていた。

「金子さん。こちらも進展がありましたよ。中にいる人質が、犯人に見つからないように自分の携帯で工藤さんの携帯に電話を入れて来たんです。そしてそのまま、犯人と会話をしています。その会話から情報が取り出せました。犯人の名前は『雄也』です。名字は分かりません。雄也は男を刺したと言っています。大学の友人で、名前は『康介』です」

「康介?おい、これは……」

「繋がりますよね?」

「ああ、たぶんな。今、被害者の家族が来ているんだ。話を聞いてから折り返し電話するよ。その場で待っていてくれ」

 金子は携帯を切って病院に戻った。

「水野さん、ちょっとお訊きしたい事があるんですが」

 兄が金子に顔を向けた。

「なんでしょう」

「康介君の友人に、『雄也』という男はいますか?」

「雄也、ですか。俺は知らないな……」

 康介の母親が振り返った。

「あの子の友達にいます、雄也くん」

「本当ですか、お母さん」

「ええ。あの子、実家に帰るたびにその子の話をしますから。大学のサークルが一緒で、とても仲がいいそうです」

「フルネームは分かりますか」

「確か、橘雄也君だったと思います」

「分かりました。ありがとうございます」

 金子は再び外に出て、太田に電話をした。

「金子さん、どうでしたか?」

「康介の友人に、橘雄也という男がいたよ。恐らく決まりだろう。そこに立てこもっている犯人は、橘雄也だ。俺はこのまま病院にいるからな。けがの処置が済んだら、すぐに連絡を入れるよ」

「分かりました。じゃ、失礼します」

 返事と同時に通話が切れた。

 犯人が繋がった。金子の胸に、うっすらと喜びが沸いた。しかし、その思いはすぐに消えた。

金子は厳しい表情で再び病院に向かった。



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