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四、隆司 一一時一五分 通報して約一〇分後。店の駐車場にライトバンが止まり、一人の男が降りてきた。 「通報して下さった工藤隆司さんですね」 「そうです」 男が、懐から警察手帳を取り出した。 「太田と申します。詳しい話は車の中で伺います」 女の子の母親を伴って、隆司はライトバンに乗り込んだ。二人のあとに太田も続き、ドアが閉められ。 運転席に一人、助手席に一人、向き合う形にされていた後部座席に一人。太田を合わせて計四人の男が、一斉に隆司を見た。 一番年長と思われる男が、隆司に向かって太田と同じ様に手帳をかかげて見せた。 「中西と申します。今回の捜査責任者です。詳しい話をお聞かせ下さい」 「その前に、僕から質問してもいいですか」 「構いませんよ。どうぞ」 「何故こんな車なんですか。パトカーでないのはともかく、ごく普通のライトバンじゃないですか」 「現場が通りに面した路面店だとの事で、この車を本部にしようと考えました。これなら駐車場にあってもおかしくないでしょう」 中西が、冷静な口調で答えた。 「共犯が様子を伺っている可能性もありますし、今は目立ちたくないんです。人数も最小限に絞って来ました。詳しい事が分かり次第、応援を呼びます」 「なるほど。分かりました」 頷いてから、隆司は隣に座っている母親を示した。 「まず、中には二人の人質がいます。三歳の女の子が一人と従業員一人です。こちらの方は女の子のお母様です」 女の子の母親が頭を下げると、四人の刑事が目礼で答えた。 「女の子は三谷瑞穂(みたに みずほ)ちゃん。従業員は白井柚香。僕は店長をしている工藤隆司です」 軽く頭を下げてから、隆司はそれまでの出来事を説明した。 「なるほど。鍵が閉められているわけですね」 呟いてから、中西が隆司に顔を向けた。 「工藤さん、裏口の鍵とシャッターの鍵、両方お持ちですか?」 「ええ、持ってます。でも、まさかシャッターを開ける気ですか?すごい音がしますから絶対に気づかれますよ」 「いえ、一応お訊きしただけです」 はぐらかすようにそう言ってから、中西が話を変えた。 「男をはっきりと見ましたか?」 「あまり長い時間は見てません。でも、たぶん二〇代前半くらいだったと思います。服装はパーカーにジーンズ。どちらも黒っぽかった気がします」 「ふむ、黒いパーカーとジーンズですね」 メモを取っていた中西が、ふと顔を上げた。 「ところで工藤さん、この店は一〇時開店ですよね?」 「ええ、そうです」 「だとすると、金目当てじゃないかも知れませんな」 中西の言葉を聞いて、隆司は思わず尋ねた。 「どうしてですか?」 「今はまだ午前一一時でしょう。開店して一時間しか経っていません。こんな時間に押し入っても大した金にはならない事は、少し考えれば分かる事ですからね」 中西が、前方にいる刑事に声を掛けた。 「金子と畑中。この近辺で聞き込みだ。黒っぽいパーカーとジーンズを着ている二〇歳前後の不審な男を見なかったか。それと、ナイフで傷を負った者がいないか、調べてきてくれ」 無言で頷いて、二人の刑事が車を降りて行った。 それを見送ってから、中西が隆司に目を戻した。 「工藤さん、店内の間取りを教えて下さい」 中西が差し出した紙に見取り図を書きながら、隆司は説明を始めた。 「広さは約三〇坪です。一番奥に男が侵入した裏口があり、その横には冷却設備の付いた台があります。その前方に広めのディスプレイスペースがあり、ここにはベッドを展示しています。レジ台は店の中央の壁際です。一番手前はガラスのウィンドウと自動ドア。ウィンドウに沿って観葉植物の棚があります。その他の場所には、それぞれ一メートルの幅を取って棚が並んでいます」 「この建物は二階建てですが、上はどうなってるんですか?」 「裏口を開けると目の前が階段で、その横に店内に入るドアがあります。二階は事務所になっていて、従業員が休憩出来るテーブルと荷物を入れるロッカーがあります」 「二階に大きな窓がありますが、あれを遮る棚やカーテンはありますか?」 「いえ、ありません」 「なるほど。では、三人は一階にいる可能性が高いですな」 中西が、ぼりぼりと頭をかいた。 「犯人は裏口の鍵を閉め、シャッターまで閉めています。これは人質の逃走経路を絶つためもあるかも知れないが、外部からの侵入に備えているようにもみえます。それに一階にはウィンドウ以外に窓がなく、シャッターを閉めれば中の様子が見えないという利点もあります。しかし、二階には壁一面に大きな窓があり、カーテンがないので外から丸見え。しかも窓を破って侵入される恐れがあります」 「なるほど」 隆司は大きく頷いた。 中西が振り返り、太田に目を向けた。 「太田。二階が見える建物を探して、人がいないか確認してくれ。それからカメラを持っていけ。中の写真がほしい」 「はい、分かりました」 太田が車を出ると、中西が再び隆司に向かった。 「工藤さん。とりあえず三人が一階にいると仮定して話を続けましょう。犯人が落ち着ける場所があるとしたら、どこでしょうね」 「そうですね、レジカウンターの中というのはどうでしょうか?片側が壁になってますから、一方を塞げば人質に逃げられません」 「しかし、ここは狭くないですか?三人もここに入れますかね」 「一人は子供だから可能でしょう」 「ふむ……」 中西があごに手をやった。 「私はむしろ、こっちに可能性があると思いますがね」 中西が示したのは、店の一番奥にあるディスプレイスペースだった。 「密閉された店の中でさらに隠れる必要はあまりないでしょう。それよりも侵入を警戒する方があり得る気がします。その場合、選ぶ場所はここしかない。店と階段を遮るドアを開けておけば、裏口を見張る事ができます。ウィンドウはシャッターが閉まっているから見張る必要がありません。二階から誰かが窓を破って下りて来た場合も、ここならすぐに分かります」 「ああ、なるほど」 「まあ、幾つかの可能性が考えられますが、どちらも突入しにくい場所ですな。私の言う場所だとすぐに見破られるし、工藤さんの言う場所だと人質を盾にしやすい」 隆司は思わず顔を上げた。 「中西さん、突入を考えているんですか?」 「こちらとしては避けたいんですがね。しかしあまりにも長い時間が掛かるようなら、考えなければならない方法です」 「……そんな」 呟いて、隆司は頭を抱えた。 言いようのない責任を感じていた。 柚香を救えなかった事、瑞穂に気がつかなかった事。 瑞穂の母親が何も言わない分、ますます自分が許せなかった。 しばらくして、太田がドアを開けて覗き込んだ。 「中西さん。少し離れたマンションの通路から中が見えました。一応、三方向から写真を撮りました」 隆司は、太田が差し出したポラロイド写真を覗き込んだ。 窓を中心に、右斜め・左斜め・真中の三方向からの写真。これなら部屋の全体がくまなく見える。人影はまったくない。 「どうやら一階にいると考えて正解のようですな。それを頭に置いて、しばらく様子を見ましょう」 大きく息を吐きながら、中西が頭をかいた。 「聞き込みの結果も知りたい。それに、我々はまだ犯人の動機を知らない。考える事はたくさんあります」 中西の言葉に、全員がため息をついた。 隆司は店を振り返った。 いつもと変わらない自分の店が、妙によそよそしく見えた。 *** Back *** HomeTop *** NovelTop *** Next *** |