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二、隆司 一一時



 雑貨店の店長である工藤隆司(くどう たかし)は、店の入り口があるウィンドウの前にいた。ここは、窓のない店内で唯一太陽の光が届く場所だった。

「おまえらだって日差しが恋しいよな」

 呟きながら、隆司は売り物であるサボテンに霧吹きで水を掛けた。

 とげに刺されないように、布を手にかぶせて鉢を持ち上げる。小さな手のひらサイズのサボテンが、大きな花をつけていた。

 隆司は、この作業が結構好きだった。

 全てのサボテンが元気である事に満足を覚えながら、隆司は振り返った。

 ふと、少し離れた床にある黒い汚れが目に入った。

 持っていた布で拭き取ろうとしたが、頑固な汚れらしくなかなか落ちない。

 霧吹きの水を武器に、隆司はその場にしゃがみ込んで本格的に汚れと向き合った。

 ふと、自動ドアが開く音がした。

「いらっしゃいませ」

 反射的に声を出したが、誰の姿も見えない。

 聞き間違いだろうか。いや、レジにいるアルバイトの柚香の声も聞こえた。しゃがんでいた隆司の目には見えなかっただけだろうか。

 立ち上がって、辺りを見渡した。やはり誰もいない。また通行人のしわざだろうか。

 この店は通りに面して入り口がある。時々、通り掛かった人に自動ドアが反応してしまう事があるのだ。 

 気を取り直し、隆司は汚れに目を戻した。

 バタンと大きな音がした。

「動くな、おとなしくしろ」

 ドラマでよく聞くセリフだ。隆司はとっさに思った。

 立ち上がり、棚の間から声の方向を覗き込んだ。

 ナイフを持った男の姿が見える。妙に青ざめ、息を荒くしていた。

 顔から血が引くのを感じながら、隆司は柚香に目を向けた。

 柚香は、何故か身動き一つしない。状況が飲み込めないのだろうか。

 何か投げられる物はないかと、隆司は辺りを見渡した。

 この場からあそこまで届くには、そこそこの重みの物でなければならない。

 隆司の目が、窓際のサボテンに止まった。

 元気な姿を確認したばかりなのにこれを投げるのはつらい。しかし、他に思い当たる物はなかった。

 隆司は、サボテンの鉢を手に取った。

「柚香君、逃げろ!」

 うまい具合に鉢が飛び、男が顔を腕でかばった。

 動きを止めていた柚香が、我に帰ったようにレジを抜けて走り出した。

 隆司は、もう一度店内を見渡した。やはり他に人影は見えない。

 それを確認してから、隆司は自動ドアに向かって走り出した。

 ドアから出ようとした隆司は、店に入ろうとしていた女性と衝突しそうになった。

 よく来店する女性だ。空っぽのベビーカーを押している。

 その事に少し疑問を感じながらも、隆司は女性の両肩を押してドアから離れた。

「お客様、店から離れて下さい!」

 戸惑った表情を浮かべながらも、女性が隆司の勢いに押されて少し後ろに下がった。

 女性の腕をつかんで、隆司は引きずる様に駐車場の方向に進んだ。

 女性が隆司に尋ねた。

「どうして入っちゃいけないんですか?」

 店からかなり離れたところで、隆司は女性の顔に目を向けた。

「今、店内に強盗が入ったんです」

 とたんに、女性の顔が真っ青になった。

 ベビーカーを押しやって店に向かおうとするその手を、隆司は慌ててつかみ直した。

「危険です。近づかないで下さい!」

「離して!あの中に子供がいるの!」

 隆司は、一瞬めまいを感じた。

 まったく気がつかなかった。

 自動ドアが開いたあの時、やはり人が入って来ていたのだ。棚に遮られ、小さな子供が見えなかったのだろう。

 隆司は店を振り返った。そういえば柚香はどうしたのだろうか。さっきの様子だと、もう店から出て来ていてもいいはずだ。

 まさか、柚香まで。

 改めて女性を押しやってから、隆司は全速力で走り出した。同時に、店の入り口のシャッターが下り始めた。

 あれを閉じられたら終わりだ。隆司は死に物狂いで走った。

 半分閉まったところで、男がシャッターに手を掛けて強引に閉めようとしているのが目に入った。

 閉まりかけたシャッターの下に、隆司は右足を突っ込んだ。

 このまま手を掛けて持ち上げれば開くはずだ。

 体勢を整えようとした隆司の足に、向こう側から蹴られる感触が響いてきた。

 力を込めてねばったが、三回、四回と蹴られ、ついに足が抜けてしまった。

 ガチャンと音がして、シャッターが完全に閉まり切った。

 あと、自分に何が出来るのか。隆司は必死に考えた。

 ふと裏口の存在を思い出し、隆司は走り出した。

 裏口に辿り着き、ノブを回した。

 開かない。鍵が閉まっているのに気がつき、隆司はポケットに手をやった。

 鍵を取り出し、ノブに差し込んだところで隆司は思い出した。

 中には二人の人質がいる。ここで下手に入って行ったら、二人の命が危ない。

 隆司は携帯を取り出し、一一〇番に通報した。

 震える拳で、思い切り壁を殴りつけた。

 もうこれ以上、隆司にはどうする事も出来なかった。

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