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一四、雄也 一三時二〇分



 雄也は、シャッターが開くのをぼんやりと見つめていた。泣きはらした目に、外の光がいつもより眩しく見えた。

遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてきた。自分を迎えに来たのだと、すぐに分かった。

 柚香が、寝ぼけた顔の瑞穂を抱き抱えて雄也の隣に立った。足を踏み出せない雄也の背中が、柚香の手によってそっと押された。

 雄也はドアを開き、目の前に立っている四人を見つめた。

「橘雄也君だね」

 一番年輩の男の言葉に、雄也は黙って頷いた。ふと気がついて、両手を揃えて差し出した。男が微笑んで首を振り、雄也の肩に手を置いた。

「雄也君、康介君は助かったよ。意識を取り戻してすぐ、横にいたご家族に『雄也を許してくれ』と言ったそうだ。君はもう、康介君に許されているようだよ」

 雄也はその場に崩れ落ちた。

心から嬉しいと思った。自分が許された事よりも、康介の命を奪わずに済んだ事が、康介がこの世にいる事が、震えるほど嬉しかった。

 瑞穂の泣き声が聞こえて、雄也は顔を上げた。安心したのだろうか、母親の腕に抱かれた瑞穂が甘えたように泣きじゃくっていた。

ふと、雄也の目は瑞穂の目とぶつかった。

瑞穂が泣くのを忘れたように、じっと雄也を見つめた。

「……ばいばい」

 瑞穂が小さな手を振ってくれた。雄也の心に何か暖かいものが流れ、そのまま涙となって溢れ出た。



 制服の警官に促されて、雄也はパトカーに向かった。乗り込む寸前に振り返った雄也は自分を見つめる柚香に顔を向けた。

 柚香がぽつりと呟いた。

「雄也君。話聞いてくれて、ありがとう」

 一瞬声を詰まらせた雄也は、大きく息を吸い込んでから、柚香に笑い掛けた。

「何で人質だったあんたがお礼言うんだよ」

「そう言えば、そうだね」

 柚香もつられて笑った。

「でも、雄也君と話してるうちに、私も救われたから」

「……どういう意味だ?」

「私の中に、あの事はずっとくすぶり続けての。ずっと忘れられないって思ってたんだ。でも、もう忘れるよ。覚えてる必要が、なくなったみたいだから」

 柚香がまっすぐに雄也を見つめた。

「きっと私は、あなたに出会うから、あの事を忘れなかったんだと思う。私が、あなたの役に立てるから。だからあの記憶は、ずっと私の中に残ってたの。でも、もう私の役目は終わったみたい。私は、あなたを救う事が出来た。だから、忘れる。もうこれで、忘れられると思う」

 雄也はしばらく柚香の顔を見つめていた。そして、黙ったまま頷いた。

柚香がにっこりと微笑んだ。

「ねえ、雄也君。私、言ったよね。『運命の出会いだったりして』って。あれ、正しかったのかもよ。だって、私達は出会うべき時にちゃんと出会えたんだもの」

 雄也は笑顔を浮かべた。

「悪いけど、年上は好みじゃない」

 柚香が黙って雄也に近づいた。頭を叩こうとした柚香の手を、雄也は笑いながら受け止めた。

手をつかんだままで、雄也は柚香を見つめた。

「ありがとう。あんたの事、忘れないから」

「私も、忘れないよ」

 柚香が雄也を見つめ返して頷いた。



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