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一五、柚香 一三時三〇分



 雄也の乗ったパトカーを見送ってからも、柚香はその場に立ち尽くしていた。

 生まれ変わったように心が真っ白だと感じた。たぶん、これからは違う自分になって生きて行くのだろう。

 ふいに肩を叩かれた。振り返ると、目の前に懐かしい隆司の顔があった。

 何となくぼんやりとした気持ちで、柚香は隆司を見つめた。

「店長……、お久しぶりです」

「二時間半振りだな。元気だったか?」

「携帯で聞いてたでしょう。すごく元気でしたよ」

「そういえば、そうだったな」

 静かに微笑んでいた隆司が、突然表情を変えて深く頭を下げた。

「柚香君、本当に悪かった。許してくれ」

 思わず首を傾げて、柚香は尋ねた。

「……何の話ですか」

「僕は君と瑞穂ちゃんを残して、一人だけで店を出てしまった」

「ああ、それは違いますよ」

 柚香は、にっこりと微笑みを浮かべた。

「店長はちゃんと私を助けてくれました。私が自分で戻っただけです。瑞穂ちゃんの事だって、気がつかなかったのは店長のせいじゃありません。気にしないで下さい」

「……だけど、僕は店長としての責任を果たせなかった」

 顔を上げないままでいる隆司の頭頂部を、柚香はつんつんとつついて見せた。

「店長。あんまり悩むとはげますよ」

 慌てた表情で頭を抑えた隆司を見て、柚香はくすっと笑った。

「気にしないで下さい。店長はちゃんと責任を果たしてます。あの時出来る事は全部してくれたじゃないですか。それで十分なんですよ。自分の事を責めたりしないで下さい」

「……分かった。ありがとう、柚香君」

 ようやく納得したように、隆司が笑顔で頷いた。

 柚香はふと、視線を感じて目を向けた。

 その場に、二人の男性と瑞穂を抱いた母親が立っていた。隆司が三人をそれぞれ紹介してくれた。

 中西が、柚香の肩にそっと手を置いた。

「大変だったね。よく頑張ってくれた。感謝してます」

「いえ、とんでもありません」

 首を振った後、柚香は真剣な表情で中西を見上げた。

「あの……。雄也君はこの先どうなるんでしょうか」

「まだ、何とも言えないね」

 目を伏せながら、中西が頭をかいた。

「例え康介君が許したとしても、雄也君は罪をつぐなわなければならない。さっき君が教えてくれた色々な事を、彼はこの先ずっと考えながら生きていかなきゃならないだろうね」

「そう……ですね」

 呟いてから、柚香はまっすぐに中西を見つめた。

「雄也君の事、よろしくお願いします」

「……君のしてくれた事を、決して無駄にはしないよ」

 静かに笑顔を浮かべた中西が、もう一度柚香の肩に手を乗せた。

「今度改めて詳しい話を聞きに来るよ。今日はゆっくり休んで下さい」

 軽く頭を下げてから、中西が太田を促してワゴン車に戻って行った。

 瑞穂をあやしながら、母親が柚香に近づいた。

「瑞穂を守ってくださって、本当にありがとうございました」

「いいえ。私も、瑞穂ちゃんに守ってもらいましたから」

 小さく首を振ってから、柚香は言葉を続けた。

「瑞穂ちゃんがいなかったら、私はあんなに頑張れなかったと思います」

「……私、あなたの事を尊敬します」

 瑞穂の母親が、笑顔を浮かべた。

「あなたのように強い人が瑞穂の側にいてくれたから、私はあの状況でも耐えられたんだと思います。本当に、ありがとうございました」

 深々と頭を下げる母親の前で、柚香は恥ずかしそうに笑った。

 笑っている柚香を見て、瑞穂も嬉しそうに声を立てて笑った。




 残された二人が、そっと顔を見合わせた。

 頬をぽりぽりとかきながら、柚香が隆司に言葉を掛けた。

「店長、今日はお店的に散々でしたね。だって売上ゼロですよ。それともこれからお店開けますか?」

「そういうわけにいかないよ。現場検証するからシャッターを閉めておいてくれって、中西さんに言われてるんだ」

「そうなんだ、残念だなぁ」

「それに、君は帰って休まなきゃ」

「大丈夫ですよ。余裕で働けますって」

「体力あるなぁ、君」

 隆司の感心したような言葉に、柚香は少し得意げな笑顔を浮かべた。

「だって私、それだけが取り得ですから」

 笑顔を返しながら、隆司が店に足を向けた。

「まあ、とにかく中に入ろう」

「はぁい」

 歩き始めた隆司が、ふと振り返った。

「あ、大丈夫だよ。今日の売上ちゃんとあるから」

 怪訝な表情で、柚香は隆司の顔を見上げた

「え?だって、お客さん一人もいなかったじゃないですか」

「いや、ちゃんと売れたよ。ジュース二本」

 少しの間、柚香はじっと隆司を見つめた。

「……それってもしかして、私と雄也君が飲んだ奴の事ですか?」

「あとで払うって言ってただろう」

 笑いながら、隆司が再び歩き出した。

「えー、本当にお金取るの?それってひど過ぎませんかー?」

 柚香は、小走りで隆司のあとに続いた。

 二人の背中が店内に消え、やがて見えなくなった。





 そして、ガチャンというシャッターの閉まる音がした。





               完

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