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一二、隆司 一三時一〇分 隆司は、言葉を発する事が出来なかった。 柚香が自分の過去を明かした事によって、雄也は明らかに動揺している。柚香は、雄也を追い詰めつつある。 隆司は、柚香の辛い過去をまったく知らなかった。しかし、考えてみると思い当たる事があった。 柚香が隆司の元に面接に来たのは、短大一年生の時だった。 その頃の柚香は明るくてはつらつとしていて、毎日が楽しくて仕方のない様な表情をしていた。 その明るさが、採用の決め手だった。 箸が転がっても面白がる年頃。世間でよく言われる言葉が、この頃の柚香を的確に表現していた。 いつの頃からだったかは覚えていない。 いつの間にか、柚香は静かな女性になっていた。 隆司はそれを、柚香の成長だと思っていた。だが、それが違うと今なら分かる。 柚香はあの時、傷ついていたのだ。友達を失い、打ちのめされていた。 柚香は、とても強い女性だったのだ。 色々な気持ちを乗り越え、今の柚香がいる。 その事に気がついてやれなかった自分に対して、隆司はとても腹が立っていた。 車中はとても静かだった。誰もが身動き一つする事なく、柚香と雄也の会話に聞き入っている。 中西は腕を組み、俯いていた。瑞穂の母親の頬に涙が伝っているのが見える。 ふと、太田の携帯のバイブが鳴った。 メモする事すら忘れて二人の話を聞き続けていた太田が、ようやく我に返った様子で車を降りていった。 しばらくして、車のドアが勢いよく開けられた。 太田が、目を輝かせて立っていた。 「金子さんから連絡が入りました。水野康介が一命を取り留め、意識も回復したとの事です。ご家族を見た瞬間から『雄也を許してやってくれ』と言い続けたそうです。その言葉を尊重して、ご家族は橘雄也を起訴しないそうです」 空を仰いで、隆司は大きく息を吐いた。 心から嬉しいと感じた。 康介が助かった事が。雄也が起訴されない事が。康介が雄也を許していた事が。 そして何よりも、柚香の行動が無駄にならずに済む事が。 柚香の説得は、いよいよ大詰めを迎えようとしている。 いつしか、隆司は拳を握りしめていた。 康介が助かった今、どうしても柚香に勝ってほしい。柚香が勝って、雄也が自首したその瞬間に、二人の男が救われるのだ。 隆司は心から願った。 柚香の強さが雄也に勝るように、と。 *** Back *** HomeTop *** NovelTop *** Next *** |