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一一、金子 一三時一〇分

 処置室の前で、金子は康介の母親と兄に、分かっている事を全て話した。

 雄也が康介を刺した事。聞き込みの途中で康介を発見した事。そして今、雄也が人質を取って立てこもっている事。

 康介の母親が、黙って床を見つめていた。

 壁に拳を打ちつけたあと、兄が崩れるように椅子に座った。

 金子は、そんな二人に掛ける言葉を見つけられなかった。

 やがて、処置室の赤いライトが消えた。

 自動ドアが開く音が響いて、三人は一斉に顔を上げた。

 ベッドに乗せられている康介が見えた。続いて、汗まみれの医者が処置室から現れた。

 康介の母親が、震える手で医者の腕をつかんだ。

「先生!康介は助かるんですか」

 医者が大きく頷いた。

「もう大丈夫です。じきに意識も戻るでしょう」

「……ありがとうございます」

 深々と頭を下げた康介の母親を見て、医者が少し恥ずかしそうに笑顔を見せて立ち去って行った。

「康介!康介!」

 兄の声が廊下に響き、金子は康介に目を戻した。

 目が静かに開いたのを見て、康介の母親が駆け寄った。

「康介!しっかりして。私が分かる?」

 ゆっくりと顔を向けた康介が、震える手で酸素マスクを外した。

「……雄也を、許してやってくれ」

 康介の口から、微かな声がこぼれ落ちた。

「雄也を、許してやってくれ。あいつは、悪くない。悪いのは、俺だ」

「康介、お願い!喋らないで」

「康介!馬鹿な事言うな。その男はおまえを殺そうとしたんだぞ!」

 二人の叫び声が響く中、康介が同じ言葉を繰り返した。

「雄也を、許してやってくれ。あいつは、悪くない」

 何度同じ言葉を聞いたか、金子は分からなかった。

 とうとう、康介の母親が泣き崩れた。

「分かったから。康介、もう分かったから。あなたが許しているのなら、私達も雄也君を許すから」

 言葉を止めた康介を見て、看護婦がすばやくマスクを被せた。

 康介の口が隠れる瞬間、金子は康介の微笑みを見たような気がした。

 康介のベッドが運ばれ、兄がそれに付いて行った。

 後に残った康介の母親が、その場にぼんやりと立ち尽くしていた。

 金子は思わず、その背に向かって問い掛けた。

「水野さん、あなたは今『雄也君を許す』と言いましたね。いいんですか。息子さんを刺した男を許せるんですか?」

 康介の母親が、涙に濡れた顔で振り向いた。

「……許せると、お思いですか?」

 逆に投げ掛けられた問いに、金子は声を失った。その金子から目を離しながら、康介の母親が言葉を続けた。

「雄也君は、大切な子供を私から奪おうとしました。憎んでも憎んでも、気が治まりません。たぶん、私はずっとこの気持ちを抱えたまま生きていくんでしょうね」

 一瞬言葉を切ってから、康介の母親がそっと息を吐いた。

「でも、康介は助かりました。そして『雄也を許してくれ』と繰り返しました。

康介は、意識が戻った瞬間に雄也君を許していたんです。だから、私はこれから一生自分の気持ちを隠し通す事にします。康介の……。あの子の言葉を、尊重したいから」

 母親を見つめながら、金子は小さく呟いた。

「では、起訴は……」

「起訴はしません」

 ゆっくりと首を振ってから、康介の母親が穏やかな微笑みを金子に向けた。

 その微笑みの中にある静かな目を見て、金子の顔にも自然に微笑みが浮かんだ。





 病院を出て、金子はすぐに太田に電話をした。

 全てを話し終えた瞬間、携帯の向こうの太田は興奮したように電話を切った。

 金子はゆっくりと空を見上げた。穏やかな青空がいっぱいに広がっていた。

 あとは、人質が解放されるのを待つだけだ。

 雄也自身のために。そして康介のために。

 どうか、どうか人質が無事でありますように。

 金子は、そう願わずにはいられなかった。



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