SHAKE! 
6th stage


六、

 ふと気がつくと、真っ白な世界にいた。
「なんだこりゃ」
 朗は、四方に目を向けた。
 縦も横も上も下もない、真っ白な空間。浮かんでいるのだか沈んでいるのだかも分からない世界。
 ふいに、背後から声が掛けられた。
「朗」
 振り返ると、そこに満の姿があった。
「……満」
 一瞬、朗はどう声を掛けたらいいか迷ってしまった。
「久しぶり、だなぁ」
 その言葉に、満が笑顔を浮かべた。
「いなくなったばかりだけどね」
 白い空間を滑るように移動して、満が朗の側に近寄った。
「美弦は元気?泣いたりしてない?」
「ああ、うん。まあ、元気だよ」
「そう、良かった」
 ほっとしたように、満が微笑んだ。
「あの子は、一見強そうに見えるけど本当は結構もろいんだ。だから」
 言葉を切った満が、真剣な表情で朗を見つめた。
「あの子を支えてあげてね。ずっと一緒にいてあげて」
「ああ、分かった。おまえの言う通りにしよう。だけどな」
 満と同じく真剣な顔で、朗はその肩にがっしりと手を置いた。
「人に物を頼む前に、すべき事があるんじゃないのか、ん?」
 迫力のある朗の目を見て、満が体を引いた。
「す、すべき事って?」
「今のこの状況を少しは説明しろ。俺は何も分からないまま事態に対処してんだぞ」
「あ、うん、ごめんね。謝るから、まあ落ち着いて」
 朗の手をそっと振りほどいてから、満が話を始めた。
「えっと、もう理事長と話した?」
「いや、全然」
「え、困ったなぁ。先に理事長と話しておいてほしいんだ。その方が、事態がよく分かるだろうから」
「嫌だよ、面倒くせぇ。今ここでおまえが説明すりゃいいだろ?」
「うーん、そうしたいんだけど、そういうわけにもいかないんだよねぇ」
 困ったように目を逸らした満が、急に話題を変えた。
「あ、ところでさ、今いるここがどこか知りたいんだよね?」
「あ?」
 満から目を離し、朗は辺りを見渡した。
「まあ、そうだな」
「じゃ、説明するね。実はここ、朗の夢の中なんだよ。朗の夢に、僕が入り込んでるんだ」
「俺の夢?」
 眉をひそめながら、朗は満に目を戻した。
「夢に入り込んでるって何だよ。なんでそんな事が出来るんだ?」
「あ、それは」
 再び目を逸らして、満が呟いた。
「言えない」
「なめてんのか、おまえは!」
 いらいらし、朗は満の胸倉をつかんだ。満が、覚悟を決めたように腕を組んだ。
「そんな事したって無駄だよ。言えないっていったら言えないんだから」
「ちっ、頑固な奴だなぁ」
 手を離した朗は、攻め方を変える事にした。
「あのな、おまえがそういう態度を取るのなら、俺にも考えがあるぞ」
「考えって?」
「これ以上俺に逆らうとな、明日美弦を泣かすぞ。それも、もの凄く陰険な方法でな」
「美弦を泣かすって、朗が?」
 満が、にやっと笑った。
「やれるもんならやってみなよ。そんな事、絶対出来ないくせに」
「……てめぇなぁ」
 図星であったがために、朗の頭に血が上った。
「要するに、てめぇはさっきから俺に喧嘩を売ってるわけだ。よぉし、買ってやろう、その喧嘩。一発や二発じゃすまねぇぞ」
「ぼ、暴力は良くないって」
「言葉で通じないんなら態度で示すしかないだろ」
 じりじりと体を引く満に、朗は顔を近づけた。
「さあ、どうする?」
「……僕が初めてこの力に気がついたのは、まだ子供の頃でした」
「分かればいいんだ、分かれば」
 朗は、大きく息を吐き出した。
「で、その力って?」
「僕は、夢を操る事が出来るんだ。こうやって人の夢に入り込む事も出来るし、僕が見せたいと思う夢を相手に見せる事も出来るんだよ」
「ほう、なるほど」
 腕を組みながら、朗は眉を寄せた。
「要するに、昨日何度か見せられた変な夢は、全部おまえの仕業だったってわけか」
「うん。色々説明するよりも、入れ替わるところを見てもらった方が早いと思って」
「そりゃどうも。で、どうして先の出来事を見せる事が出来たんだ?それもおまえの能力か?」
「え?」
「いや、『え?』じゃなく。二人が入れ替わったのは今日なのに、なんで昨日の時点で入れ替わるところを見せられたんだ?」
「おお!」
 満が、感嘆の声を上げた。
「朗って、意外と鋭いね」
「おまえが思ってるより多少な。で、答えは?」
「僕の知ってる人で、未来を見せられる人がいるんだよ」
「おまえの知ってる人って。おい、それって俺も知ってる人か?」
「あ、……うん」
 「しまった」という表情の満に向かって、朗は身を乗り出した。
「誰だよ、そりゃ」
「もはやこれまで。退散!」
 突然、満の姿が消えた。同時に、周りにある白い空間が朗を包み始めた。
「なんだこりゃ!おい、汚ねぇぞ!」
「ごめんね、朗。話の続きはまた今度ね」
 朗の耳に、のんびりとした満の声が響いた。そしてとうとう、霧に目をふさがれた。


 朗の耳元で、目覚まし時計が鳴った。
「……うう」
 うなりながら起き上がった朗は、ガリガリと頭をかいた。
「あいつ、いつか殴る」
 ふうっと息をついてから、朗はのそのそとベッドを抜け出した。部屋の隅にユニットバスがある。そこで顔を洗ってから、朗はベッドに足を向けた。
「おい、美弦。そろそろ起きろ」
 上段のベッドから、返事はなかった。
「ったく、しょうがねぇなぁ」
 呟いてから、朗ははしごを上った。耳を澄ますと、規則正しい呼吸が聞こえた。
「おーい、起きろってば。いつまでも寝てると襲っちゃうぞー」
 言葉を切って耳を澄ました。相変わらず寝息が聞こえてくる。
「ふ、ふふふふふ。美弦ちゃんったらいけない子だなぁ」
 にやにやとほくそ笑みながら、朗はカーテンに手を掛けた。
「では仕方ない。カーテンオープン!」
 ベッドの中で、美弦がすやすやと幸せそうに眠っていた。
「か、可愛い!」
 思わず、朗は胸を押さえた。高ぶる動揺を抑えながら、朗は何度も深呼吸をした。
「落ち着け、俺よ。たかが寝姿を見ただけじゃねぇか。というか、このままじゃただの変態だぞ」
 ぶんぶんと頭を振ってから、朗は美弦の肩をゆすった。
「おい、美弦!朝だってば。いい加減起きろ!」
「ん、んん」
 小さくうなった
美弦が、むっくりと起き上がって目をこすった。
「……眠い」
「やっと起きたか。おまえ、寝起き悪いなぁ」
 眠そうな様子を笑っていると、美弦がくりっと朗を見た。
「……あんた誰?」
「え、誰って言われても」
 戸惑っていると、いきなり顔面にパンチが飛んだ。
「変態!」
「ぶっ!」
 避ける暇なくパンチを受けて、朗ははしごから落下した。


 顔面と腰を同時に押さえながら、朗は部屋を出た。
「ひどい、ひど過ぎる」
 ドアの前の壁に寄りかかっていた淳が、にっこりと朗に笑いかけた。
「爽やかな朝を迎えたようだな。で、何して殴られた?」
「何もしてねぇのに殴られたんだよ!」
 憮然として答えた朗は、ドアが開く音を聞いて飛び退った。
 淳が、美弦に笑顔を向けた。
「おはよう。どう?気分は」
「……ん、普通」
 まだ眠そうに目をこすりながら、美弦が朗に声を掛けた。
「ごめんね、さっきは。痛かった?」
「痛くないわけねぇだろ!」
 不機嫌に答える朗の顔を、美弦がご機嫌を取るように覗き込んだ。
「やだ、そんなに怒らないで。ちょっと寝ぼけただけじゃない」
「寝ぼける度に顔面パンチするのか?殺人凶器だな、おまえは」
「む、でもさぁ」
 美弦が、不満げに口を尖らせた。
「起きたら、目の前にいきなりにやけた顔があるんだよ、気持ち悪いと思うでしょ、誰でも」
「おまえ、そこまで言うか?」
「それにさ、ぐっすり眠ってる女の子の体に触れるって、普通しなくない?」
「そ、それは、声かけただけじゃ起きなかったからだよ」
「どもっちゃってる辺りが、全然説得力ないんだけど」
「う、うるさいんだよ、おまえは!」
 とうとう、朗は美弦に背を向けた。
「分かった、もういい!俺は金輪際おまえに近づかねぇからな」
「あ、ごめんごめん」
 美弦が、なだめるように朗の腕を取った。
「ごめんね、私も言い過ぎちゃった。反省するから許して。ね?」
「……ああ、もう!」
 顔を覗きこんでくる美弦から、朗は目を逸らした。
「いいからもう。分かったから、そういうのやめてくれる?」
「じゃ、許してくれるの?」
「ああ」
 頷く朗を見て、美弦がにっこりと笑った。
「よかった、ありがとう。でも、ちょっとからかっただけでムキになるなんて、朗ったらかわいいんだね」
「うわ、何それ。もしかして確信犯?」
 小悪魔な事を言う美弦に、朗は少し体を引いた。
「意外と嫌な奴だなぁ、おまえって」
「そう?今どき普通だと思うけど」
 涼しい顔で、美弦が答えた。
 




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