SHAKE! 
Third stage


三、

 めまいから何とか立ち直り、朗は女の子の前に腰を下ろした。夢の中にいた女の子が、ぼんやりとした表情で朗を見つめた。複雑な思いで女の子を見ていた朗は、ふと確かめたくなった。
「いや、いくらなんでもそれは。だが、このままじゃらちが明かないのも事実だ。やはり誰かが確かめなきゃいけないんだ、うん」
 ぶつぶつと呟いていた朗は、やがて決意し、きりっと顔を上げた。そして少し緊張しながら、そっと女の子の胸に手を置いた。
「だよなぁ」
 確かにあるふくらみを確認して、朗は失望と喜びを同時に感じていた。
 ぼんやりと朗の手を見ていた女の子が、我に返ったように自分の手を振り上げた。
「ちょっと、どこ触ってんのよ!」
「おっと」
 余裕でその手を受け止めてから、朗は女の子の顔を覗き込んだ。
「名前は?」
「名前?」
 両手で胸を隠しながら、女の子が答えた。
「美弦。片岡美弦(かたおか みつる)」
「分かった。よろしくな、美弦」
「よろしくなって……」
 呟いた美弦が、いきなり身を乗り出した。
「そんな事より!ここはどこ?あんた誰?私のから揚げは?」
「まあまあ、いいから落ち着け」
「落ち着けって何よ!落ち着けるわけないでしょ。ねえ、教えて!ここはどこなの?」
「いや、だからさぁ」
 勢いに押されていた朗は、ふと打開策を思いつき、美弦の両肩に手を置いた。
「分かった、全てを教えてやる。だから落ち着け」
「うん」
 しぶしぶと、美弦が体を引いた。その美弦の目を見つめながら、朗はゆっくりと言葉を続けた。
「いいか、美弦。これは夢だ」
「夢?」
 眉を寄せながら、美弦が辺りを見渡した。
「こんなにリアルなのに?」
「そうだ。非常にリアルだが、これは夢だ、夢なんだ」
「夢……」
 呟いた美弦が、ふいに朗の頬を両側から引っ張った。
「あいた!あにふんだ、おあえは!」
「痛い?ねえ、痛い?」
 その意味に気がついた朗は、しぼり出すような声で答えた。
「……いあくあい」
「ほんとに?」
「ほんろにいあくあい!」
「そっか、こんなに力いっぱいつまんでも痛くないのか。じゃあ、ほんとに夢なんだ」
 朗から手を離しながら、美弦が呟いた。
「そうだよね、夢だよね。こんなこと、ありっこないもんね」
「納得したか?」
 じんじんとする頬をさすりながら、朗は美弦を睨んだ。
「それにしてもおまえ、こういう時って普通自分の頬をつねらねぇか?」
 まったく悪びれず、美弦が答えた。
「だって、痛いの嫌だもん」
「俺だって嫌だよ!」
 憮然とした表情で、朗は声を荒げた。
「おい、何やってんだ、おまえら」
 ふいに、右側の道から淳が現れた。
「遊んでる暇があるんなら、奴らの一匹でも」
 美弦に目を向けた途端、淳の言葉が途切れた。その気持ちを思いはかりながら、朗は淳を見上げた。
「俺が来た時には、こういう事になってた。どうしようか?」
「どうしようかって言われても……」
 困り果てた様子の淳を見上げていた朗は、ふと眉間にするどい痛みを感じた。
「おい!来るぞ、奴らが」
「ちっ、こんな時に!」
 朗の視線を追って、淳が振り返った。
「何匹だ?」
「一〇匹以上だ」
 身構えながら、朗は美弦に声を掛けた。
「おまえは隠れてろ」
「え、どうして?」
「いいから早く!俺達は奴らを始末しなきゃいけねぇんだよ」
 朗の言葉に答えるように、幻獣がその姿を現した。
「さぁてと」
 ぼきぼきと指を鳴らしてから、朗は大きく足を踏み出した。
「とっとと片付けてやるか!」
「やめてよ!」
 美弦が、いきなり朗の足をつかんだ。
「始末するなんて、かわいそうじゃない!」
「は?何言ってんだ、おまえ」
 戸惑いつつ足を止めた朗の横から、淳が美弦に声を掛けた。
「あのね、あれは幻。始末しても死んだりしないんだよ」
「幻?」
 淳に目を向けながら、美弦が言葉を続けた。
「だったらなおさらやっつけちゃ駄目。幻なら、こっちに危害加えないでしょ?」
 美弦の前にしゃがみ込み、淳が焦りを感じさせない笑顔を見せた。
「幻だけど、攻撃されたらケガするんだよ。こっちが攻撃してもむこうは消えるだけなのに。不公平だと思わない?」
「……うーんと」
 何かを考えるように、美弦が目を伏せた。
「そう言われると、なんとなく思う」
「だろう。だから俺達は、自分の身を守るために奴らに攻撃するんだよ。分かった?」
 淳の辛抱強い説得により、美弦が大きく頷いた。
「うん、分かった。そういう事なら仕方ないね」
 二人の前に立ちはだかりながら、朗はいらいらと怒鳴った。
「分かったんなら、隅っこで大人しくしてろ!」
 朗の声を合図のように、幻獣が飛びかかって来た。真正面から幻獣をつかみ、そのまま床に打ち下ろした。一匹が散るのを確認してから、朗は淳を見上げた。
「やばいぞ。音を聞きつけて、五匹がこっちに向かってる」
「二人で一五匹か。ちょっとつらいな」
 額に汗を浮かばせ、淳が答えた。その目の前で、幻獣が強く天井に打ち付けられた。
「あのさぁ」
 緊迫した二人の会話に、美弦が口を挟んだ。答えながら、朗は一匹に回し蹴りを加えた。
「なんだよ!」
「この動物は、本当に幻なんだよね?」
「そうだってば!」
「よし、分かった」
 きりっとした顔で、美弦が傍らに落ちていた剣を拾った。
「だったら、私も協力します」
「アホか!これは遊びじゃねぇんだぞ」
「分かってるよ」
 鞘からすらりと剣を抜きながら、美弦が落ち着いた声で答えた。
「大丈夫だから。私を信じて」
「信じてって……」
 穏やかな声につられて目を向けた朗は、美弦の様子に目を奪われた。
 例えるならば、近づく者を全て切り裂く剣豪のような。そんな空気を、その時の美弦は漂わせていた。
「おまえ、どうしちゃったの?」
 唖然として美弦を見ていた朗は、ふいに強く突き飛ばされた。
「おい、ぼさっとするなって!」
 間一髪で幻獣の攻撃をかわした朗は、淳に顔を向けた。
「悪い!」
 身をひるがえして飛び掛って来る幻獣を受け止めて、それでも朗は美弦の姿を目で追った。美弦が、朗に背を向け剣を構えていた。
 ふいに、美弦が大きく後ろにさがった。その美弦めがけて、一匹の幻獣が飛び掛ってくる。十分に間合いを取った美弦が、幻獣の腹に向け剣を振り下ろした。幻獣の体がすっぱりと二つに別れ、やがて消えた。 「すげぇ」
 思わず、朗は呟いた。その朗に、美弦が笑顔を向けた。
「実は私、剣道やってるんだ」
「剣道?なにそれ」
 二人の会話に、淳が割って入った。
「話は後だ。美弦、その調子で頼む」
「分かった!頑張るよ、私」
 幻獣に目を戻し、美弦が再び剣を構えた。


 現れる幻獣を次から次へと倒しつつ、三人は足を進めた。
 出口に向かいながら、朗は美弦に話しかけた。
「おまえはなんなんだ。何でそんなに強いんだよ」
「さあ、知らない。気がついたら強くなってたんだもん」
 答えながら、美弦が剣を目の前にかざした。
「ねえ、この剣って誰の?すごく私と相性がいいみたいよ」
「そりゃまあ、そうだろうな」
 呟きながら、朗は淳に目を移した。
「それより、どうするよ。教授になんて説明するんだ?」
「本当の事を言うしかないんじゃないの?」
 淳が、面倒くさそうに答えた。
「てなわけで、朗。頼むな」
「え?なんで俺が」
「俺が言うより説得力がある。なんたって、おまえはそういう家系だから」
 言葉を切って、淳が朗を見上げた。
「だろう?」
「分かったよ」
 うんざりしながら、朗はため息をついた。
 洞窟の出口に立っている教授が、三人に駆け寄った。
「おお、戻ったか!」
 満面の笑みを浮かべながら、教授が先頭に立つ朗の肩に手を乗せた。
「おまえ達、すごい成績を残したぞ。わしは久しぶりにこの科目で優を出せる」
「はあ、ありがとうございます」
「それにしても、今回満は健闘したなぁ。昨日と同じ人間とは思えんぞ」
「あの、それなんですけどね」
 朗は、美弦の肩をつかんで教授の前に差し出した。
「実は、こういう事になりまして」
「ん?」
 言葉を切った教授が、少しの間美弦をしげしげと見つめた。
「おい、もしかしてあいつは今日?」
「ええ、二〇歳の誕生日です」
「そうか、そうだったのか」
 ぼんやりと見つめ続ける教授に向かって、朗は言葉を続けた。
「それで、今回のテストはどうなるんですかね。無効になったりするんですか?」
「……ん?ああ、それは大丈夫だろう」
 我に返った様子で、教授がこほんと咳払いをした。
「だけどたぶん、後で理事長室に呼ばれる事になるだろう。まあ、とりあえず今は寮に戻って休みなさい」
「分かりました。じゃあ、失礼します」
 軽く頭を下げてから、朗は美弦を伴って洞窟を出た。後ろを振り返りながら、美弦が呟いた。
「感じ悪いなぁ、あのおじさん。じろじろ見ないでよね」
「まあ、そう言うな。悪気はないんだ」
 ため息をつきながら、朗は答えた。
「ねえ、ねえ。それにしてもさぁ」
 朗を見上げながら、美弦が首を傾げた。
「この夢、ちっとも覚めないね。いい加減疲れて来たんだけど、私」
 後ろにいた淳が、声を上げた。
「なに、夢だぁ?」
 そのまま美弦の横をすり抜けて、淳が朗に囁いた。
「おい、どういう事だよ」
「しょうがねぇだろ、そうとでも言わなきゃ収まらなかったんだよ」
「そりゃそうかも知れないけど、この先はどうするんだよ」
「知らねぇよ。俺にばっかり押し付けないで、おまえも少しは考えろ」
 こそこそと囁き合っている二人の後ろで、美弦が大きく伸びをした。
「なんかさ、ここってすごく空気が美味しいね。体にいいかも、この環境」
 にっこりと微笑む美弦から、淳が目を逸らした。
「悪いけど、俺には本当の事言えないからな」
「俺だって言えねぇよ」
 重い気持ちで、朗は答えた。
 二人の後ろで、何も知らない美弦が気持ち良さそうに空を見上げていた。





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