SHAKE! 
11th stage


一一、


   その日の夜。眠りについた朗は、ふと気がつくと真っ白な空間にいた。割と慣れてきたので大した動揺もなく、ぷかぷかと浮かんだまま、朗は満を待った。
 程なく満が、何かを考え込んでいる様子で現れた。
「分からない、どうしても分からない」
「おいおい、人を呼び出しておいて何悩んでんだよ」
「やっぱり分からない、絶対分からない」
 朗の言葉を聞き流してから、満が顔を上げた。
「君、美弦に何をした?」
「え!」
 朗は、激しく首を振った。
「何もしてねぇよ!したいけどしてない……じゃなくて!」
「何か、すごく動揺してない?」
 冷静に突っ込まれ、朗は慌てて気持ちを落ち着けた。
「本当に何もしてないって。何でそんな事訊くんだよ」
「いや、それがね」
 言葉を切った満が、宙に浮きながらその場にどっかりと座り込んだ。
「表と裏の人間っていうのは、とても強くつながってるんだ。特に感情的な面で。例えば、ふいに訳もなくいらいらしたり悲しくなったり、感情のコントロールがつかなくなったりする時ってない?そういう時って、もうひとりの自分の影響を受けてるんだ」
「ほう、なるほど」
「それと同じように、昨日までなんとも思ってなかった人をいきなり好きになったりするのも、もうひとりの自分に引きずられた感情なわけだ」
「はあはあ、なるほどねぇ」
 納得しながら、朗は何度も頷いた。
「で?」
「え?」
「いやだから。感情的に相手に引きずられるってのは良く分かったんだけどさ。それが何なんだよ」
「いや、うん。だからね」
 気まずそうにうつむいていた満が、やがて意を決したように顔を上げた。
「晶の事を好きになっちゃったんだ。今まで全然何とも思ってなかったのに、昨日の朝起きたらいきなり、何かこう、胸が切なくなって」
「ほう、胸が切なく」
「何て言うか、甘酸っぱい何かがいきなり芽生えたような」
「ほうほう、甘酸っぱい何かが」
 目を逸らしている朗の肩をつかんで、満が顔を近づけた。
「ねえ、もう一度訊くよ。昨日の深夜から明け方にかけて、何があった?」
「いや、別にそんな対した事はなくて」
「大体、そんな夜中に何があるって言うんだよ。まさか朗……」
「ちょっと待て!おまえ今、すんごい事考えてるだろ。それは誤解だ。とにかく話を聞いてくれ」
 迫る満をなだめてから、朗は道場で起こった話を聞かせた。


 話を聞き終えた満が、大きく頷いた。
「それだよ。それのせいで、美弦は朗の事を好きになったんだ」
「それが分からん。何で対決して負けた奴の事を好きになるんだよ」
「それは、朗が『絶対おまえに勝つ』って言ったからだよ」
「いやだから、それも分からないってば。何でそんな憎まれ口言われて好きになるんだよ」
「うーん、僕にはうまく言えないな」
 満が、困ったようにため息をついた。
「やっぱり、こうした方が早いな。ちょっとこれを見てきてよ」
 ふいに、満が朗の側を離れた。その途端、周りの白い空間が、濃い霧のように朗の目に流れ込み始めた。
「うわっ!何だこれ?」
 焦る朗の目はどんどん霧に塞がれ、やがて何も見えなくなった。


 ふと気がつくと、朗は寮の部屋にいた。
 目の前にあるこたつに、満と一人の女性が座っている。長い黒髪、高い背。その女性を一目見て、朗はそれが誰だか悟った。
 満が、女性に声を掛けた。
「晶、どうしたの?ぼんやりしちゃって」
「うん……」
 呼びかけられて、晶がため息をついた。
「美弦、どうしてるかなぁと思って」
 満が、こたつの上のみかんに手を伸ばした。
「大丈夫だよ。僕の仲間が側にいるんだから」
「それはそうだろうけど。でもあの子、ああ見えて結構繊細だから。心細くて泣いたりしてるんじゃないかなぁ」
「……うん、そうだよね、心細いよね、きっと」
 困ったようにうつむく満を見て、晶が話を変えた。
「あ、そうだ。私、あんまり満の世界の事訊いてなかったね。ねえ、そっちの世界って武道が盛んなのよね」
「うん、そうだよ」
 話が変わって、満がほっとしたように笑顔を浮かべた。
「僕の世界では、強い人間が出世したりするんだ」
「ふーん、そうなんだ」
 ぽつりと、晶が呟いた。
「じゃあ、意外とのびのびしてるかな。自分の強さを隠す必要ないんだし」
「え?」
 満が、首を傾げた。
「自分の強さを隠すって?」
「あ、ごめん、何でもない」
 「しまった」という顔で、晶が目を逸らした。その晶を見つめて、満が穏やかに尋ねた。
「晶、教えて」
「えっと」
 目を逸らしたままで、晶が困ったようにうつむいた。
「……あの子、みんなに言われてたんだって。おまえの強さは異常だって」
「異常?」
「うん。そういう風に言う人達がいるの、この世界には」
 ため息をついてから、晶が満に顔を向けた。
「小学校に入ってすぐに剣道を始めたあの子は、高校を卒業するまで一度も負けた事がなかったんだって」
「それのどこがいけないの?」
「いけなくはない、すごい事よ。でも」
 晶が、再び目を落とした。
「普通では、ないと思う」
「ふーん、普通じゃない、ねぇ」
 満が顔をゆがめた。
「君も、美弦の事を異常だと思ってるんだ」
「剣道に関してはね」
 満の言葉を受けて、晶が顔を上げた。
「でも、私は剣道をしてる美弦を知らない。そんな事どうでもいいと思ってる。だから、そんな言い方しないで」
 晶の真剣な目を見て、満が呟いた。
「……ごめん」
「ううん、いいよ」
 ほっとしたように首を振ってから、晶が話を続けた。
「やっかまれるとか恨まれるとか、そういう事がたくさんあったみたい。でも、あの子はそれでも負けなかった。『負ける事が出来なかった』って、本人は言ってたけど。負けたくても、体が勝手に動いちゃうんだって」
 満がうつむいた。
「かわいそうだね、美弦」
「うん。でもね、そういう状況でも、あの子は高校生までずっと剣道を続けていたの。だけど、卒業と同時にやめてしまった」
「何があったの?」
「あの子は三年間、同じ部活の人と付き合ってたんだって。で、その人との対戦をずっと避けていた。でも、卒業間近のレクリエーションの時にくじ引きで対戦する事になっちゃって、それで」
「美弦が勝った」
 満の言葉に、晶が頷いた。
「それで、彼が冷たくなっちゃって、結局それっきりだったって。多分それが、あの子が剣道をやめるきっかけだと思う」
「何だよそれ、負けたくらいで冷たくするなんて」
 満が、吐き捨てるように呟いた。
「そんな男、くだらないよ!」
「うん、本当だね」
 晶が、いたわるように満を見た。
「そういう事があったから、あの子にとって強さって邪魔なだけだと思うの。でも、もしそっちの世界で強さを認められたら、自分に自信が持てるかも知れないでしょ」
 言葉を切って、晶がうつむいた。
「私、恥ずかしいよ、こんな世界にいる事が。自分の世界でのびのび出来ないなんて、美弦がかわいそうだよ」
「……晶」
 うつむく晶を見て、満が微笑んだ。
「ありがとう、美弦の側に君がいてくれて良かった」
「ううん。私なんて、あの子に何もしてあげられない」
 首を振る晶の肩に、満が手を置いた。
「そんな事ないよ。美弦にとって、すごく支えになってると思う。これからも側にいてあげてね」
「うん、もちろん」
 顔を上げて、晶が頷いた。そのまま二人は、目を見合わせて笑った。


 ふと気がつくと、朗はもとの白い空間にいた。目の前に満がいるのに気がついて、朗は複雑な思いで笑った。
「おまえさ、美弦のせいにしてたけど、結局自分で惚れたたんじゃないの?あの子、すげぇいい子だったし」
「悪いけど、今のは出会ってすぐの事だから。確かに好感持ったけど、あの時はまだ好きじゃなかった」
「あ、そう。じゃ、やっぱり俺のせいなわけか」
「他人事みたいに言ってないでさ!」
 満が、鋭く朗を睨み付けた。
「分かってるの?美弦は、最終的には元の世界に戻るんだよ。もし本気になっちゃったら、元の世界に戻る時にどれだけ傷つくか!」
「分かってるよ。ちょっと落ち着け、おまえは」
 顔を寄せて迫る満を、朗はようやく押さえ込んだ。
「要するに、これ以上好かれなきゃいいんだろ?」
「そうだよ」
 満が頷いた。
「だから『おまえより強くなる』ってセリフは撤回しといてよ」
「いや、それは出来ない」
 きっぱりと言い切る朗を見て、満が頭を抱えた。
「ちょっと、話をちゃんと理解してる?あのセリフが美弦の心をつかんだんだよ」
「分かってるってば」
「分かってるんだったら!そのセリフをとっとと取り消してよ!」
「一度言った事を撤回するなんて、俺のプライドが許さねぇんだよ!」
 しばらく睨み合ってから、朗が目を逸らした。
「心配すんな。俺がしっかりしていればいいんだろ?」
 満が、露骨に不信の表情を浮かべた。
「しっかり出来るの?」
「本当に嫌な奴だなぁ、おまえは」
「ま、出来ても出来なくても、しっかりしてもらわなきゃ困るんだけどね」
 諦めたように、満がため息をついた。
「とにかく、僕もこれ以上気持ちが動かないようにするから。お互い、慎重に行こうね」
「はいはい、分かったよ。分かったからもう、早くいなくなって」
 手で追い払われて、満がむっとしたように背中を向けた。
「言われなくても消えますよ。僕だって、来たくて来たわけじゃないんだからね」
「ああ、そうですか。すいませんね、お手数かけて」
 うんざりしながら見送っていると、ふいに満が振り返った。
「あ、そうだ」
「何だよ、まだ何かあんのか?」
「いや、朗の気持ちを聞いてなかったと思って。朗は、美弦の事どう思ってるの?」
「ああ、俺は」
 言葉を切ってから、朗は満を見つめた。
「聞かない方が、おまえのためだと思うぞ」
「……あ、そう」
 呟いた満が、ため息をつきながら再び背中を向けた。
「本当に頑張ってよね。まったく、やってらんないよ、こんなの」
「ああ、まったくな。まあ、おまえも頑張れよ」
 朗の励ましを背に受ける、満の姿が小さくなっていった。やがてその姿が完全に消えた時、朗は目が覚めた。





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