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七、

 九月。

 始業式の日、沙知は校門からそっと校庭を覗き込んだ。しばらくしてからほっと息を吐き出した沙知は、背後から肩を叩かれて文字通り飛び上がった。振り返った沙知の目の前にいた香苗が、肩を叩いた手を下げるのも忘れて立ちすくんでいた。

「……一体なに事?肩を叩いただけなのに、なんでそんなにリアクション激しいわけ?」

「あ、いや、あの」

 気まずく口ごもった沙知は、赤い顔を隠すように香苗に背中を向け、校庭に足を踏み入れた。

「……ちょっと緊張してるだけだから、気にしないで」

「緊張?なんでまた」

 答えないまま大またで下駄箱に向かう沙知を見て、香苗がふと気がついたように声を上げた。

「あ、もしかして、新?」

 やっぱり答えないまま恥ずかしさのオーラを出している沙知の後ろで、香苗が声を立てて笑った。

「あー、そっかぁ。なるほどねぇ。何、仲直りしてからまだ会ってないの?」

 先に下駄箱についた沙知は、諦めたように香苗に赤い顔を向けた。

「時々すれ違ったりはしてたけど、まともに顔を合わせるのは今日が初めて」

「で、緊張してるってわけね」

 意地悪な表情を浮かべて、香苗がにやにやと笑った。

「ういういしいのねぇ、この子ったら。結構可愛いとこあるじゃない」

 靴をしまいながら、沙知は香苗を睨みつけた

「……覚えてなよ、香苗。あんたが同じ立場になった時、絶対見逃してやんないからね」

「同じ立場……?」

 しばらく沙知の顔を見つめていた香苗が急に視線を外し、大人しく靴を下駄箱にしまった。



 香苗の後について恐る恐る教室に入った沙知は、新の姿がないのを見て小さく息をついた。

「あら、残念」

 呟いた香苗が、沙知のするどい視線に気がついてすでに席に座っていた茜に駆け寄った。

「おはよう、茜。元気だった?」

「おはよう香苗、沙知。二人も元気そうね」

 笑顔で出迎えてくれた茜の隣に座った香苗が、きょろきょろと教室を見渡した。

「ねえ、あとの二人はまだ来てないの?」

「ああ、一樹は来てるよ」

 茜の視線を追った沙知は、ベランダにいる一樹を見つけた。すでに沙知を見ていたらしい一樹が、沙知に向かって手招きをした。

 首を傾げて自分を指した沙知は、大きく頷いた一樹から視線を外し、茜に顔を向けた。

「一樹が私を呼んでるんだけど、一体なにかな?」

「さあ、私にも分からないなぁ。とにかく、行ってみたら?」

「うん、そうだね」

 頷いて歩いて行く沙知の背中を見送りながら、香苗が茜に探るような目を向けた。

「茜、あんた何かたくらんでるでしょ」

 茜が澄ました顔で答えた。

「私は、沙知の事を思ってみんなに提案したの。純粋な親切心からした事なのよ」

「……たくらんでるって事自体を否定しないところが、あんたのすごいところよね」

 頬杖をつきながら、香苗が沙知の背中を見守った。

 沙知がベランダに着くより早く、一樹が教室に入って来た。何となくそわそわとしている一樹を、沙知は不思議そうに見つめた。

「おはよう、一樹。何か用?」

「いや、あの、なぁ……」

 困った表情を浮かべたまま俯いていた一樹が、覚悟を決めたように顔を上げた。

「あのな、沙知。俺はたぶん、おまえと同じタイプだと思うんだよ。なんつうかこう、物凄く照れくさくなったり、緊張して逃げ出したくなったり。そういう気持ち、俺はよく分かるんだよ、本当に」

「……何言ってるの?」

 首を傾げた沙知から目を逸らし、一樹が言葉を続けた。

「いいから聞いてくれ。そんなわけでな、俺としてはこういう役をする事、すごく不本意なんだよ。でも茜は、いつまでもそういう事じゃ駄目だって言うんだ。まあそう言われると、俺としても納得せざるを得ないんだよな」

 黙って話を聞いていた沙知は、一樹の顔を心配そうに覗き込んだ。

「ねえ、もしかして今朝の夢見悪かったりしなかった?」

「いや、大丈夫だ。別に寝ぼけてるわけでも頭がおかしくなったわけでもないから。ただ俺は、自分の考えをちゃんと伝えておきたかっただけだから」

 沙知の目を避けるように顔を背けていた一樹が、やがて棒読みのように言葉を発した。

「……今日は、久しぶりに涼しい風があるので、ベランダに出るととても気持ちがいい。おまえもちょっと涼んで来たらどうだ?」

 抑揚のまったくない言葉を聞いた沙知は、目をぱちくりとさせながら一樹を見つめた。

「……そうなの?」

「ああ、すごくいい風があるんだ」

「ふーん」

 呟いて、沙知はベランダに目を向けた。

「じゃあ、せっかくだしちょっと出てみる。一樹も行こうよ」

「いや、俺はもういい。十分涼んだから」

「そう?じゃ、一人で行くね」

「ああ、……気を付けてな」

 ぎこちない一樹の笑顔に不審な目を向けながらも、沙知はサッシを開けた。

 ベランダに出た沙知は、眩しそうに目を細めた。

 まだまだ厳しい残暑が続いているが、それでも頬を撫でる風には確かに秋の気配が感じられた。見上げた空が少しだけ高く見え、沙知の足は自然と柵に歩み寄った。

 しばらく空を見上げていた沙知は、ふと背後に気配を感じて振り返った。

「おす」

 壁に寄りかかった新が、どこか居心地悪そうな表情で座り込んでいた。

「……あ」

 呟いたまましばらく固まっていた沙知は、ふと我に返って後ずさりした。背中を柵にぶつけて足を止めた沙知は、真っ赤な顔をしたままおろおろと目を泳がせ始めた。

 新が、頭をかきながら沙知に声を掛けた。

「おまえの気持ちはなんとなく分かる。でもまあ、まずは落ち着け。とりあえず深呼吸しろ。はい、息吸って」

 両手で胸を押さえながらも、沙知は新の言葉に従って大きく息を吸った。

「はい、吐いて」

 深く息を吐いた沙知の顔を、しゃがんだままの新が覗き込んだ。

「少しは落ち着いたか?」

 無言でこっくりと頷いた沙知を見て、新が言葉を続けた。

「じゃあ、ちょっと座ろうか。立ったままだと、あいつらから丸見えだから」

 「あいつら」と言われて、沙知は教室に目を向けた。涼しい顔をして頬杖をついている茜と、にやにやしている香苗と、心配そうな顔をしている一樹の顔が見え、沙知はすぐにその場にしゃがみ込んだ。

 なんとも言えない顔をしてうずくまっている沙知を見て、新がすまなそうな表情を浮かべた。

「悪かったな、なんか騙したみたいで。でもな、俺も色々考えたんだよ。で、こうするのが一番いいだろうなと思ったんだ」

 まだ少し赤い顔をしている沙知は、この日初めて新に目を向けた。

「……どういう意味?」

 逃げ出しそうな沙知の目を、新がしっかりと受け止めた。

「おまえは、照れたり困ったりするとパニックになって逃げてくタイプだろ。そういう風になるとお互いにまた気まずくなる。俺はもう、おまえと話せなくなったりするのは嫌だから」

 一瞬目を逸らそうとした沙知は、新の目がとても穏やかな事に気がつき、自分の気持ちも少しずつ静かになって行くのを感じた。

「……ごめんね、心配掛けて。確かに、こうでもしてもらわなかったら私、逃げ出してたかも知れない」

 新が少し意地悪な笑顔を浮かべた。

「かも知れない、じゃなくて、絶対逃げてたな。だっておまえ、校門にいた時からかなり逃げ腰だったから」

「……見てたの?」

 泣き出しそうな声を出した沙知は、再び赤く染まった顔を自分の膝に埋めた。

「もうやだぁ。私ってこれからずっと、新にかっこ悪いとこばっかり見せて生きて行くのかなぁ」

「いいんじゃないの。俺、おまえのそういうとこが好きだから」

 さらりと言われた新の言葉を聞いて、沙知はそろそろと顔を上げた。

「……そう、なの?」

「ああ」

「そっか……」

 呟いて、沙知は頭をかいた。

「じゃあ私、ずっとこのままの状態で大人になってった方がいいのかなぁ」

 新が、少し困った表情を浮かべた。

「いや、それはちょっとどうかと思うんだけど……」

 新の表情を見て沙知は思わず吹きだした。

「冗談です。私だってずっとこのままじゃ嫌だもん」

 そのままくすくすと笑い出した沙知を見て新がほっとしたようにため息をついた。

「それはよかった……」

 新の言葉を聞いて沙知は本格的に笑い出した。その様子を見て、新も笑顔を浮かべた。


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