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素 直 な 気 持 ち で |
四、 前日、騒動に巻き込まれたあげくに新と気まずくなってしまった沙知であったが、その受難にはまだまだ続きがあった。 昼休みの事だった。教科書を取るために鞄を覗き込んだ沙知は、その中に見覚えのない封筒を見つけた。首を傾げながら開いてみると、そこには一枚の便箋が入っていた。 長くはないその手紙を読んだ沙知は、それをすばやく鞄にしまった。沙知のその様子に気がついた者は、一人しかいなかった。 放課後になると、沙知は当番で掃除をしている香苗に声を掛けた。 「香苗、ごめん。今日の部活、先に行っててくれる。ちょっと用事思い出したんだ。終わったらすぐに行くから」 「え、用事?」 不思議そうな顔をして、香苗が沙知に目を向けた。 「何よ、用事って。部活に食い込むほど時間掛かるの?」 「ん……。そうでもないかも知れないけど、ちょっと時間が読めない用事なんだ。だから一応、断っておこうと思って」 「ふーん、分かった。近藤先生にも言っておく」 「うん、よろしくね」 少し笑顔を浮かべて香苗に背を向けた沙知は、目の前に立っていた茜に気がついて足を止めた。茜は、何もかもを見通すような目をして沙知を見つめていた。 「沙知。その用事って、人手がいるんじゃないの?手伝おうか」 一瞬現れかけた表情を隠しながら、沙知はぎこちない笑顔を浮かべた。 「ううん、いいよ。一人で片付けられると思うから」 「本当に?」 「うん、本当に、大丈夫。……じゃあ私、急ぐから」 逃げるように教室を出て行く沙知を見送りながら、茜が小さく呟いた。 「……嘘が下手なんだから」 二人の様子を見ていた香苗が、眉を寄せて茜に話し掛けた。 「ねぇ、茜。沙知の用事がなんだか知ってるの?もしかして、なんか面倒な事だったりするわけ?」 茜がきりっとした表情で振り返り、香苗の目を受け止めた。 「まだ予想でしかないけど、たぶん当たってると思う。香苗、行こう。沙知が危ない」 その頃、香苗と同じく掃除当番である新と一樹は、燃えないゴミと燃えるゴミをそれぞれ抱え、焼却炉に向かっていた。 強い風に声を奪われながら、一樹が新に顔を向けた。 「風が強いなぁ。これじゃ今日の部活はきついぞ。ボールが風に流される」 新が半分笑いながら答えた。 「じゃあ、今日の部活は中止にするか?」 「冗談言うな。こういうきつい日こそ、練習のしがいがあるってもんだ。とっととこのゴミを捨てて、校庭に行くぞ」 「やっぱりな。おまえは絶対そう言うと思ってたよ」 笑顔を浮かべながら燃えないゴミを始末した新が、焼却炉に向かってゴミを投げ捨て始めた一樹に目を向けた。 ふいに、一樹の手元から一枚の紙片が風にあおられて飛ばされた。 「おっと……」 呟いてその紙を拾い上げた新が、ぴたりと動きを止めた。 「あ、悪い」 焼却炉の熱に目を細めながら顔を向けた一樹が、新の姿を見て不思議そうな顔をした。 「おい、どうした、新。なに固まってんだ」 それに答えず、新がゴミ箱を投げ捨てて突然走り出した。 「なんだよおい。ちょっと待てって、新!」 一樹はしばらくの間、振り返る事なく走って行く新の背中とゴミ箱を見比べていた。やがて諦めたようにゴミ箱を地面に置くと、新の後を追い掛け始めた。 大またで勢いよく歩いて来た沙知は、体育館の裏手に回って足を止めた。 由紀とその取り巻きの六人が一斉に沙知に顔を向けた。六人の顔を順番に見ながら、沙知は静かに口を開いた。 「由紀、これってどういう事?確か二人だけで話があるって、あの手紙に書いてあったと思うけど」 「あんなの嘘に決まってるじゃない。今時こんな手に引っ掛かるなんて呑気な女よね、あんたも。もっと注意深くなった方がいいと思うけど」 答えながら、由紀が隙のない笑顔を浮かべた。 「でもまあ、ここまでちゃんと来たって事はほめてあげる。私、そういう勇気のある人って結構好きよ」 「私は、別に喧嘩をしに来たわけじゃない。ただ、一言言っておこうと思っただけ」 沙知は、手にしていた手紙を由紀に示した。 「こんな手紙もらわなくったって、あんたが新の事を好きだって事はもう十分知ってる。でも、それで私に喧嘩を売ろうってのはおかしいよ。私とあいつは何でもないの。新が好きだったら、勝手に告白でもなんでもすればいいじゃない」 「……何でもない、ねぇ」 由紀が、表情を固くしながら呟いた。 「私はね、あんたのそういう態度が前から気に食わなかったの。何でもないって言いながら、あんた達っていつも仲良くしてるじゃない」 「新と仲良くしていたとしても、それは私だけの事じゃないでしょ。私は、新にとって特別じゃないの」 沙知の言葉に、由紀が小さく笑った。 「……どうやら、自分の立場ってものを全然分かってないみたいね。あんたは今、そんな偉そうな事言ってる状況じゃないのよ」 後ろにいた五人が、目で合図を送った由紀に従って沙知に一歩近づいた。強気の顔を保ちつつも、沙知は一歩足を引いた。 その時ふと、沙知は両側から肩に手が置かれたのを感じた。 「ちょっと、水臭いじゃない、沙知。私達に黙って呼び出しに応じるだなんて」 「香苗、茜!」 驚いた顔を二人に向けて、沙知は呟いた。 「……どうして?」 茜が笑顔を見せて答えた。 「私、あそこにいる子達が沙知の鞄に手紙入れてるとこ見たのよね。で、その手紙を見た沙知が放課後、急に用事があるって言い出した。答えはすぐに出るでしょ」 黙って話を聞いていた由紀が、ちらりと取り巻きに目をやりながら口を挟んだ。 「どうやらちょっとミスったみたいね。でもまあいいでしょ。どっちにしても私達の方が優勢って事に変わりはないんだから」 さっと緊張が走った三人の顔を眺めながら、由紀が余裕の表情を浮かべた。 「じゃあ、始めましょうか」 由紀の言葉を合図に、取り巻き五人が三人に歩み寄った。 と、突然ばたばたと音がして新と一樹が両者の間に飛び出した。 「ちょっと待て、こら!おまえら何考えてんだ。女がこんなことやってんじゃねぇよ」 今度は香苗が、驚いた顔で新を見つめた。 「新!あんた、なんでここに?」 肩で息をしながら、新が手にしていた紙片を示した。 「これ、さっきゴミ箱の中から見つけた、沙知宛ての手紙の下書き」 途端に、由紀が「しまった」という顔をした。その顔に目をやりながら香苗が呟いた。 「ていうか、こういう手紙書くのに下書きってしないでしょ、普通」 「うるさいな、私は昔から下書きがなきゃ手紙が書けない人なの!」 香苗を睨みつけた後、由紀が泣き出しそうな顔を作って新を見つめた。 「違うの、新。誤解しないで。私は別に、沙知に喧嘩を売ろうとしたわけじゃないのよ。ただちょっと話をしたかっただけなの」 茜が冷静な声で口を挟んだ。 「話なら教室でいくらでも出来るじゃない」 「人に聞かれたくない話なの!」 するどく茜を睨みつけてから、由紀は再び顔を作り直し、新に潤んだ瞳を向けた。 「だってぇ、恥ずかしいじゃない。沙知としてる話を誰かに聞かれたら、私が新を好きだって事、ばれちゃうもん」 可愛らしくそう言った後、由紀は両手で顔を覆って体をひねった。 「きゃ!言っちゃった。恥ずかしいー!」 香苗がうんざりした顔をして呟いた。 「……あほらし」 新が少しよろめきながら、一樹に向かって助けを求めるような視線を投げた。それに答えて進み出た一樹が、由紀に声を掛けた。 「とにかくだなぁ。こんなところで話を続けてるのもなんだし、とりあえず今日は解散って事にしておこう。な?」 一樹の言葉を聞いて、由紀の表情が真剣なものに変わった。 「解散するのは別に構わないけど。でも、一つだけ沙知にこの場で訊きたい事があるの」 事の成り行きをぼんやりと見ていた沙知は、我に返ったように由紀に目を向けた。 「訊きたい事って、何?」 その沙知を、由紀が探るような目で見つめた。 「あんたはさっき新の事を『私とあいつはなんでもない』って言ったよね。それって要するに、あんたの中に新に対する特別な感情……、好きって気持ちがないって事よね」 「……え?」 思わず目を泳がせた沙知を見て、一樹が慌てて口を挟んだ。 「まあまあまあ。そういう話はまた今度にして、とりあえず今日は解散という事で」 「そこのところをはっきりしてくれないと私としても引けないの。今ここで、返事を聞かせて。じゃなきゃ納得出来ない」 由紀の鋭い声が一樹の言葉を遮った。 成り行き上、誰もが黙って沙知を見つめていた。たくさんの視線の中で俯いている沙知は、傍目から見てもひどく混乱している様子に見えた。 しばらくして、沙知のしぼり出すような声がその場に響いた。 「……特別な感情なんて、……ないよ」 沙知の言葉を追い掛けるように、新が大きな声で口を挟んだ。 「もういいだろう。沙知はちゃんと質問に答えた。もう、こんな馬鹿らしい事終わりにしよう」 全員に背を向けて歩き出そうとした新に向かって、由紀が静かに呼びかけた。 「新、私は前からあなたの事が好きだった。もしあなたが今、誰の事も好きじゃないんなら、私と付き合ってもらえないかな?」 足を止めて由紀の言葉を聞いていた新が、再び歩き出しながら答えた。 「……考えておく」 その答えを聞いた途端、沙知の足が初めて動いた。勢いよく走り出した沙知は新の横を通り過ぎ、そのまま立ち止まる事なく走り去った。 沙知の涙に気がついた者もいたが、誰も、何も言えなかった。 |