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素 直 な 気 持 ち で |
九、 沙知のまっすぐな視線を受け止めながら、新が覚悟を決めたように話を始めた。 「一年の時、俺と茜は付き合ってた。俺が、神谷から茜を奪い取ったんだ」 「……え?」 沙知は小さく呟いた。 茜が、必死な表情で沙知の腕をつかんだ。 「違うの!私がいけないの。神谷と付き合ってたのに、私が新に心変わりしちゃったから……」 「茜のせいじゃない。二人の関係を知ってて、それでも俺は茜の気持ちを受け入れた。俺が断れば、あんなに話はこじれなかった」 言葉を切った新を見つめながら、沙知は半ばぼんやりと尋ねた。 「茜の事が、好きだったの?」 「……ああ」 新が小さく頷いた。 「一年の時から、俺はおまえが気になってた。でも、あの時はまだ好きって気持ちじゃなくて……。俺は、同じクラスだった茜の事を好きになったんだ」 沙知は、ぼんやりとした表情のままで話を聞いていた。 「茜と神谷が付き合い始めた時点で、俺は自分の気持ちを忘れようとした。だけど出来なかった。それで、茜に告白された時、俺は神谷を裏切った。今まで黙ってたのだって、俺が臆病だからなんだよ」 「違うの、沙知……。私なの、私が全部悪いの」 泣き出しそうな顔で、茜が首を振った。 いつしか沙知は、ぼんやりとした状況から抜け出しつつあった。 ショックだった。でも、そのショックの理由がよく分からなかった。 付き合っていた二人。何も言ってくれなかった二人。今、目の前でかばいあっている二人。 様々な要素が絡みつき、自分の心が見えなくなっていた。 ただ一つ強く感じた事は、これ以上この話を聞きたくないという、拒否の感情だった。 二人を見つめていた沙知は、目を逸らして呟いた。 「もういいよ。もう、分かったから」 「……何が分かったってんだよ」 神谷が沙知に、鋭い目を向けた。 「なあ、何が分かったってんだよ。俺は一年経っても分かってねぇんだよ。どうして俺が、一度に二つも大事なものをなくさなきゃいけなかったのか……。なのに、どうしてあんたはそんなにあっさり許そうとしてるんだ?」 「だって……、好きになっちゃったらしょうがないじゃない。この二人だってきっと苦しんだよ。こういうのって、きっとどうしようもない事なんだよ」 「ちょっと待てよ。あんたはそんなに大人なのか?」 神谷が、沙知の両肩をつかんだ。 「こいつらは都合が悪い事を隠してたんだ。そんな事まで納得してやれるのか?」 「……それは」 言葉をつまらせた沙知の肩に、神谷が更に力を加えた。 「なあ、どうなんだよ」 「納得なんて、してないよ!」 俯いていた沙知の目から、ふいに涙がこぼれ落ちた。 「でも責める事も出来ない!二人共私にとって大事な人だから!」 「大事だからこそ許せねぇんだろ!」 神谷が声を荒げた。 「大事に思ってたからこそ、裏切られたって気持ちが大きいんだよ。それはあんただって同じだろ?許せない奴らを、中途半端に許すなよ!」 「そんな、事……」 沙知は、泣きながら首を振った。 「……分からない。そんな事言われても、私にはもう、分からないよ」 力を失ったように、沙知はそのまま地面に座り込んだ。 その場にいる誰もが、泣き続ける沙知をつらい表情で見守っていた。 やがて、神谷が沙知をそっと助け起こした。 「……悪かったな。きつい事言って」 「ううん。私こそ、泣いたりしてごめん」 泣きながら、それでも首を振って見せる沙知を見て、神谷がぽつりと呟いた。 「俺、あんたの事が好きなんだけど」 「……え?」 思わず顔を上げた沙知を、神谷がまっすぐに見つめた。 「俺は、あんたが好きだ。だから俺と付き合ってくれ」 「あ、あの……」 混乱し切った顔で、沙知は一歩足を引いた。 黙って話を聞いていた香苗が、ふいに二人に歩み寄って沙知の体を神谷から奪った。 「やめてよ、神谷。これ以上、この子を混乱させないで」 「しょうがねぇだろ、言いたくなったんだから」 答えた神谷を、香苗がきつく睨みつけた。 「あんたの魂胆は分かってる。この子を動揺させようとしてるのよね。で、そんな風に思ってもない事言ってるんでしょ?」 「そうじゃねぇよ」 真剣な表情で、神谷が香苗から沙知に目を移した。 「俺は、本気であんたの事が好きだ」 大きな混乱の中で、沙知は自分を見つめる神谷から目を逸らせなくなっていた。 「私……、分からない」 「分からないって事は、嫌いってわけじゃないんだな?」 「……ごめんなさい。今はもう、何も考えられないの」 視線を振り切るように背中を向けて、沙知は大きく足を踏み出した。その手を、神谷がつかんで引き止めた。 「すぐに答えなくてもいい。考えておいてくれ」 背中を向けたままで、沙知は小さく頷いた。 神谷が手を離した途端に、沙知はその場から逃げるように走り出した。 俯いたままで、沙知は走り続けた。 頭の中で、いくつもの思いが浮かんでは消えて行った。 更衣室の前で、沙知はふいに腕をつかまれた。 「お、沙知。いいところに。おまえ、香苗か新を見掛けなかったか?」 顔を上げずとも、それが一樹だという事は分かった。 「ったく。二人して見つからないっつうのはどういう事だよ。俺に対する嫌がらせか?なあ、どう思う?」 問い掛けと共に目を向けた一樹が、ようやく沙知の様子に気がついた。 「あれ、おまえどうした?まさか……、泣いてるのか?」 「……うん」 こっくりと頷いた沙知を見て、一樹が慌てたように辺りを見渡した。 「な、泣いてるのか。よし、分かった。ちょっと待て。すぐに香苗か新か茜を連れてくるからな」 走り出そうとした一樹の服を、沙知はつかんで引き止めた。 「それは駄目。今は、みんなに会えないの」 「駄目って……。じゃあ、俺はどうすればいいんだよ」 途方に暮れた顔をしている一樹に、沙知はすがるような目を向けた。 「お願い、一樹。相談に乗って。私、もうどうしたらいいか分からないの」 「相談ってまさか、好きとか嫌いとか、そういう話じゃないだろうな?」 「……ごめん。直球でそういう話なんだけど」 「……やっぱり」 がくんと肩を落とした一樹が、やがて開き直ったように顔を上げた。 「分かった、俺も男だ。みんなが駄目なら俺が責任持って話を聞こう。よし、行くぞ」 がしっと腕をつかまれた沙知は、涙を拭きながら首を傾げた。 「行くぞって、どこに?」 「ここじゃ目立つだろ。人気のないところに場所を移すんだよ。あ、体育館の裏なんてどうだ?」 「……そこだけはやめてほしいな」 「そうか。じゃ、屋上だな屋上。待ってろよ。すぐに話聞いてやるからな」 「う、うん。ありがと」 手を引かれながら、沙知は少しだけ不安な気持ちで一樹の背中を見つめた。 屋上についた二人は、フェンスの前で向き合った。一樹の促すような目を見て、沙知はそれまでの事を説明した。 一樹が、大きくため息をついた。 「そうか、そんな事があったのか……」 「……全然驚かないんだね。もしかして、一樹も知ってたの?新と茜が付き合ってたって事」 「ああ」 気まずそうに頷いた一樹を見て、沙知は吐き捨てるように呟いた。 「ひどい。そうやって、みんなして私に秘密にしてたんだ」 「言う必要がないと思ったからだよ」 「どうして必要ないって思えるの?」 「おまえと新が幸せそうだったからだよ。わざわざ教えて、おまえを混乱させたくなかったんだ」 「なんで?そんな思いやりって変だよ!」 沙知は思わず声を荒げた。 「秘密抱えたままじゃ、新と私の気持ち、いつまで経っても繋がらないじゃない!」 「まあまあ、ちょっと落ち着けって」 一樹が困ったような表情を浮かべた。 「新は、タイミングを見てたんじゃないか?おまえが自然にその話を受け入れられるようになったら、その時話すつもりだったんだと思うぞ」 「嘘だよ、そんなの!新はずっと話さないつもりだったんだよ。このままずっと、秘密にしてるつもりだったんだよ!」 その言葉を聞いて、一樹が表情を変えた。 「沙知、いい加減にしろよ!」 厳しい表情で、一樹が沙知の両手をつかんだ。 「おまえ、新の事をそういう奴だと思ってたのか?おまえらの信頼関係ってその程度だったのか?」 一樹の言葉に、沙知は目を伏せた。俯いた沙知を見て、一樹がそっと手を離した。 「……正直言うとな。俺はおまえの気持ちの方がよく分かるんだ」 一樹が、ため息をつきながら頭をかいた。 「新と茜は、考え方が大人なんだよ。だから『知らないで済むならその方がいい』っていう風に考えられるんだよな。確かに、今回の話だってもっと後から教えられれば笑い話になってたかも知れない。だけど……」 沙知は、俯いたまま呟いた。 「そういうのが大人なんだったら、私は大人になんかなりたくない」 「沙知……」 「ありがとう、一樹。話聞いてくれて」 顔を上げて、沙知は一樹に強張った笑顔を向けた。 「私、もう少し考えてみる。今日はもう、このまま家に帰るね。みんなによろしく」 そのまま背中を向けた沙知に、一樹が言葉を掛けた。 「なあ、沙知。新と別れるのか?」 「……まだ、分からない」 一樹の視線を振り切るように、沙知は足を速めて屋上を後にした。 |