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一二、



 肩で息をしながら、沙知は立ち止まった。

「どこにいるのよ、新……」

 探し始めてからかなりの時間が経っていた。

 学校を探しに行った二人にも合流したが、新と神谷は見つからなかった。

 四人は、再び二手に分かれた。

「どうしてこんなに見つからないのよ」

 汗を拭いながら、香苗が辺りに目を走らせた。

 ふいに自分を呼ぶ声がして、沙知は顔を向けた。

「沙知!」

「茜!」

 沙知は茜に駆け寄った。二人と同じように汗をかいた茜が、沙知の顔を見上げた。

「新と神谷は見つかった?」

「……ううん。じゃあ、茜も?」

「ええ」

 茜が、心配そうな表情で頷いた。

「今、一樹とも離れて探してたの。でも、どこを探しても見つからない」

 沙知は、眉を寄せながら呟いた。

「こんなに走り回ってもいないなんて……。あとどこを探せっていうの?」

 その時、沙知の耳にどったんばったんという足音が聞こえて来た。

「一樹?」

 勢いよく振り返った沙知の目に、由紀の手を引きながら走ってくる一樹の姿が映った。

 沙知は、息も切れ切れな一樹の顔を覗き込んだ。

「どうだった?」

「し……、新は見つけられなかった。代わりに、道端で見かけたこいつを連れてきた。なんかの役に立たないか?」

「ちょ、ちょっと。……一体、何だっていうのよ」

 息を切らせながら、由紀が沙知を見上げた。

「人の呑気な休日をぶち壊す気?」

「由紀」

 沙知は、真剣な眼差しで由紀を見つめた。

「新を探してるの。どこにいるか知らない?」

「……あんたねぇ」

 由紀が、呆れたように呟いた。

「喧嘩売ってるの?私に対してあいつの居場所訊くなんて」

「ごめん、由紀。本当に申し訳ないと思ってる。でも、どうしても新を見つけたいの。見つけなきゃいけないの。だから……」

「……ったく、もう。あんたって本当に世話の焼ける子ね」

 ため息をつきながら、由紀が沙知に向き直った。

「一緒に探してあげるから、ちゃんと事情を説明してみなさい」 

 沙知の話を聞いて、由紀が頭をかいた。

「沙知をめぐって勝負ねぇ。本っ当に、みんな女を見る目がないんだから」

 ため息をつきながら、由紀が一樹を振り返った。

「ねえ。男の目で見て、この子ってそんなに魅力あるわけ?」

「え……、いや、あの」

 口ごもりながら、一樹が香苗に目を向けた。

「俺は、どっちかっていうと」

「それはともかく!」

 香苗が慌てて口を挟んだ。

「どうなの、由紀。心辺りある?」

「ていうか、あんた達って馬鹿じゃないの?」

 由紀が、面倒くさそうに答えた。

「神谷の家には何がある?」

 香苗がぽつりと呟いた。

「何がって。……道場」

 沙知は、はっと顔を上げた。

「道場!道場なら、誰にも邪魔されないで勝負出来る!」

「そういう事」

 由紀が頷いて見せた。

「じゃ、私はこれで」

「ちょっと待って」

 沙知はとっさに、由紀の服をつかんだ。

「私、神谷の家の場所知らない」

 香苗が続けて呟いた。

「私も知らない」

 茜が眉を寄せた。

「私も」

 一樹が頷いた。

「俺も」

 由紀が、ものすごく嫌そうに呟いた。

「……私、知ってる」

 沙知は、力のこもった手で由紀の両肩をつかんだ。

「お願い、由紀。案内して!」

「ああ、もう。面倒くさいなぁ」

 うんざりした声を出しながらも、由紀が歩き出した。

「この仮は倍にして返してもらうからね」

「分かった!分かったから、由紀」

 沙知は、きりっとした目を由紀に向けた。

「神谷の家まで走ろうね」

「……冗談でしょ。あそこまで四〇分はかかるんだけど」

「大丈夫!いざとなったらおんぶしてあげるから。さ、行こう!」

 沙知に手を引かれながら、由紀が恨めしげに声を上げた。

「もう!これが済んだら金輪際あんた達に関わらないからね、私!」

 由紀の悲しい怒鳴り声は、他の四人の足音に跡形もなくかき消された。



 将棋盤にぴしりと駒を置いてから、師範が顔を上げた。

「そろそろ佳境に入ったようだな……」

 将棋盤から目を離さずに、近藤が答えた。

「なぁに、まだ勝負はこれからですよ」

「いやいや。こちらの勝負じゃなく、奴らの勝負の事ですよ」

 首を振った師範が、新と神谷に目を向けた。

 二人は、適度な距離を保ちながら睨み合っていた。

 ぎりぎりのところでかわしてはいたが、新の体には大きな打撲傷と、いたるところに擦ったような傷跡が見られた。

 擦り傷からにじみ出た血が、うっすらと道着にしみ込んでいる。大して傷もない神谷との差はいちじるしい。

 しかし、新の目は初めの頃に比べ、静かに澄んでいた。

 研ぎ澄まされた集中力で、新は神谷の動きを見るのではなく、感じているようだった。

「ふむ……」

 近藤が小さくうなった。

「素人目からすると、神谷が優勢のようですが」

「私にもそう見えますよ」

 師範が頷いた。

「しかし、勝負は終わるまで分かりません。私達の勝負のようにね。ところで先生」

「はい、なんでしょう」

「美味しいようかんがあるんですが、召し上がりますか?」

「……は?」

 驚いたように、近藤が首を傾げた。

 その時、神谷が師範に鋭い目を向けた。

「てめぇ!今そこで何か食い始めたら俺は絶対許さ」

 神谷の言葉の途中で、新が地を蹴った。新の放った回し蹴りが腹に入り、神谷の体が勢いよく飛んだ。

「ぐっ!」

 小さなうなり声をあげた神谷が壁にぶち当たり、そのままずるずると倒れ込んだ。

「やぁれやれ。本当にあいつは集中力がなくていかん」

 小さくため息をつきながら、師範が新に目を向けた。

「勝負あったな、新くん」

「師範……」

 我に返った様子の新が、倒れ込んだ神谷を見ながら大きく息を吐いた。

「こんな勝ち方でいいんでしょうか。なんか、すごく後味が」

「新くん」

 新の言葉を、師範が遮った。

「言っただろう。君の利点は身の軽さと集中力だ。君はその点をしっかりと見極めて闘い、勝ったんだ。何の問題もあるまい」

「……そう、ですね」

 新が、師範に目を向けた。

「師範。俺、もう一度ここに通わせて頂いてもいいでしょうか」

「ああ、もちろんだ」

 師範が大きく頷いた。

「それで、もし良かったらまたうちの馬鹿息子と手合わせしてやってくれ」

「分かりました」

 新が、満面の笑みを浮かべた。

 いつの間に道場に来ていたのか、神谷の母親が新に声を掛けた。

「新くん、傷の手当てをしないと」

「俺なら大丈夫です。それより神谷を……」

「ああ、あの子ならいいのよ。道場で気を失うなんてよくある事ですもの」

 母親が、にっこりと微笑んだ。

「後で傷薬を渡すわね。せめてそれだけでも持って帰って」

「分かりました。ありがとうございます」

 母親に笑顔を向けた新が、表情を引き締めて師範に頭を下げた。

「じゃ、俺はこれで失礼します」

「ああ。しっかり体を休めるようにな」

「はい」

 新が道場を出てからしばらくして、近藤が深くため息をついた。

「まったく、あの年頃の人間はちょっと目を離すとすぐに大人に近づきますな」

「そうですかねぇ」

 師範が神谷に目を向けた。

「この馬鹿息子を見てるとそうは思いませんが。それとも、こいつだけがたまたま子供なんでしょうかね。本当に、この馬鹿息子はいつまで経っても馬鹿で馬鹿で」

「聞こえてますよ、師範」

 少しずつ体を起こしながら、神谷が師範を睨みつけた。

 まったく気にせず、師範が涼しい声で答えた。

「お、もう目が覚めたか。まだ寝ててもいいんだぞ」

「……うるせぇっつうの」

「ん、何か言ったか?」

「何も言ってません」

 答えた神谷が、小さく頭を振りながら立ち上がった。

 それと同時に、道場の入り口からたくさんの足音がばたばたと聞こえて来た。

「すみません!こちらに新、来てますか?」

 響いて来た声を聞いて、神谷が顔を上げた。

「沙知……」

「おお!もしかして『ある人』の登場か?」

 師範が、嬉しそうに笑顔を浮かべた。



 駆けつけた五人を前に、師範が事の成り行きを説明した。

 沙知が、不安げに神谷を見つめた。

「それで、新に怪我は?」

「ああ、たぶん大丈夫だと」

 神谷の言葉を、師範が遮った。

「分からんなぁ、血を流してたし」

「……血?」

 神谷が、慌てて言葉を続けた。

「いや、血って言ってもそんなに大出血じゃ」

「打撲傷もかなりあったしなぁ。どこかで倒れてなければいいんだが」

「そんな……」

 俯いてしまった沙知から目を離して、神谷が師範を睨みつけた。

「ちょっと、何をあおってるんですか!」

「私は事実を言ってるだけだ」

 師範がさらっと答えた。

「大体、おまえも手加減を知らん男だな。何もあんなにぼろぼろになるまで打ち込まなくても良かったんじゃないのか?」

「打ち込まなきゃ勝負にならねぇじゃないかよ!」

 声を荒げた神谷に、沙知は目を向けた。

「……神谷」

 沙知の表情を見た神谷が、神妙に返事をした。

「……はい」

「男同士の事だから、私なんかが口を挟む事じゃないと思うけど」

 立ち上がって、沙知は神谷に歩み寄った。

「二人が納得してるんなら、それでいいと思うけど。でも」

 目の前に立つ沙知を、神谷が見つめた。

「……でも?」

「このままじゃ、私の気がすまないの!」

 声を荒げたと同時に、沙知の右手が神谷の頬に打ち付けられた。

「お見事」

 師範が小声で呟いた。

「痛ってぇ……」

 うなりながら、神谷がその場に倒れ込んだ。

「今度新に怪我させたら、私が絶対許さないんだから!」

 涙を浮かべながら、沙知はくるりと背を向けて走り出した。

「沙知!どこ行くの?」

 慌てて立ち上がろうとした香苗の腕を、由紀がつかんだ。

「ほっときなさいって。もうあんた達の役目は終わったの」

「でも、沙知に新の居場所が分かるとは思えない」

「大丈夫だってば」

 由紀が、小さくため息をついた。

「さっきまでと違って、今は新も沙知に会いたがってるはずよ。そういう二人なら、絶対会える。男と女なんてそういうものなの」

「そ、……そうなの?」

「そうなの」

 きっぱりと、由紀が言い切った。

 二人の横をすり抜けて、茜が神谷に歩み寄った。

「随分かっこいいじゃないの、神谷」

 倒れ込んだまま大の字になっていた神谷が、茜の顔を見上げた。

「……笑いたきゃ笑えよ」

 しゃがみ込みながら、茜が小さく微笑んだ。

「あまりにも気の毒で笑えない」

「とか言いながら笑ってんじゃねぇか」

 二人の様子を見ていた由紀が、不機嫌そうに呟いた。

「ああ、もう。どいつもこいつも!」

 頭をかきながら立ち上がった由紀が、香苗と一樹に目を向けた。

「さぁ、とっととここを出るよ、あんた達」

 一樹が、不思議そうな目を由紀に向けた。

「ん、何で突然?」

「いいからさっさとしなさい。私達はお邪魔なの」

 師範が、寂しそうな目を由紀に向けた。

「私もいなくならなきゃいかんのかねぇ」

「当たり前です!ったく、気の利かない大人ねぇ、もう」

「……ああ、残念だ。ここからが面白くなるところなのに」

 ぶつぶつと呟きながら、師範が立ち上がった。

 ぞろぞろと道場を出て行く一団を見送ってから、茜がその場に座り直した。

「ねえ、神谷」

「なんだよ」

「沙知の返事、聞かないでいいの?」

「……そんなもん、聞かないでも分かるだろ」

「そりゃ、そうだけど……」

 茜が、静かに言葉を続けた。

「神谷は、それでいいの?こんな中途半端で諦められるの?」

「諦めなきゃしょうがねぇだろ」

 寝転んだまま、神谷が両腕を枕にした。

「ったく、かっこ悪いなぁ、俺。振られっぱなしじゃねぇかよ」

「私だってそうだよ」

 茜が、少し寂しそうに呟いた。

「新は結局、沙知を選んだんだもん」

「それは、俺に気を使ってだろ」

「それだけじゃないよ。もし、新が本気だったら。そしたらきっと、あなたがどんな事をしても関係なく私と付き合ってたと思う。それに」

 言葉を切って、茜が目を逸らした。

「……新は、私になぁんにもしなかったもん」

「……そうか」

 神谷が呟いた。その顔を覗き込みながら、茜がからかうような笑顔を浮かべた。

「あなたは、すぐに手を出して来たよね。初めて一緒に出かけた日から」

「悪かったな、手が早くて」

「別にいいけどね」

 照れくさそうにしている神谷を見て、茜がくすくすと笑った。

 笑いが収まった頃、神谷が茜を見上げた。

「茜」

「ん?」

「今まで悪かった、なんて言わねぇからな」

「……うん、分かった」

 茜が、まっすぐに神谷を見つめた。

「じゃあ、私も。あの時はごめんなさい、なんて言わない」

「……ああ、分かった」

 目を逸らした神谷が、少し笑った。

「なあ、茜」

「なぁに?」

「この体勢だと、おまえパンツ丸見え」

「…………この、どスケベ!」

 茜の声と共に、ばちんと頬を引っ叩く音が道場に響いた。



 道場を出た沙知は、辺りを見渡した。

「新、どこに行ったの?」

 呟きながら、沙知は当てもなく走り出した。

 空は、すでに紅く染まり始めていた。沙知が通り過ぎている商店街にも、買い物をする人並みが出来ていた。

 忙しく周りを見渡しながら走っていた沙知は、ふと何かに足を取られた。

「あ!」

 声を上げたと同時に前のめりに倒れた沙知は、膝にするどい痛みを感じた。

 履いていたジーンズが薄く擦り切れ、血の染みがにじみ始めていた。

「……痛い」

 小さくうなりながらも、沙知は体を起こした。

 一日中走り回っていたために、沙知の両足はがくがくと震えていた。

 震えを押さえるように、沙知は膝に手をついて立ち上がった。転んだ時、とっさに前に出した両手の平からも血が出ていた。

 手が当たっているジーンズの膝に、ますます大きな血の跡がついた。

「……大丈夫。こんなの、痛くないよ」

 自分に言い聞かせるように呟きながら、沙知は顔を上げた。

 そこでふと、沙知は目の前にあるコンビニに気がついた。

 少しの間コンビニを見つめていた沙知は、ふいに声をあげた。

「あそこだ!」

 振り返り、再び走り出そうとした沙知は急に足を止めた。

 そして何かを考えた後、擦りむいた足を少し引きずりながらコンビニに入って行った。




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