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エンディング



 コンビニの袋をぶら下げながら、沙知は公園に入って行った。

 公園の中は、すでに真っ赤に染まっていた。

 ブランコも、ジャングルジムも、砂場も。

 全てのものが、沙知に向かってあの時と同じ顔を見せていた。

 夕日に向かって歩いていた沙知は、公園の真中で背中を見せている人物に目を向けた。

 新だった。

 溢れる思いを押さえながら、沙知はそっと声を掛けた。

「……あの時と、同じだね」

 沙知の声に、新が振り返った。

「沙知」

 微笑んだ新が、夕日に目を戻した。

「そうだな」

 痛めた足をなるべく引きずらないようにしながら、沙知は新の隣に立った。

「どうして、ここに?」

「ここにいれば、おまえに会えるような気がした」

 笑顔のままで、新が沙知に目を向けた。

「おまえに、会いたかった」

「……同じだよ、新」

 沙知の頬に、涙が転がり落ちた。

「私も、会いたかった」

「沙知……」

 呟いた新が、沙知に体を向けた。

「ん?」

 ふと、新が沙知の足に目を向けた。

「うわ!おまえ、膝が血だらけじゃねぇか!なぁにやってんだ?」

「あ、ばれちゃった」

 沙知は小さく呟いた。慌てた様子で、新が沙知の腕をつかんだ。

「ばれちゃったじゃねぇって。……って、うわ!おまえ、手の平も血だらけ。何やったらこんなになるんだよ!」

「……えっと、そこの通りでちょっと転んじゃって」

「ったく、おまえは本当に目が離せない奴だなぁ」

 しみじみと言いながら、新が沙知をベンチに座らせた。

「大人しくしてろよ」

 沙知の手を握ったままで、新がポケットから傷薬を取り出した。それを見て、沙知は小さな声で呟いた。

「……痛くないようにしてね」

「そりゃ無理だな。薬ってのはしみるもんだよ。諦めろ」

「えー、嫌だなぁ……。あいた!痛いってば!」

「我慢しろ。少しの辛抱だ」

 苦情に構わず治療をしていた新が、しばらくしてから沙知の顔を見上げた。

「……おまえ、泣くか笑うかどっちかにしろ」

「だってぇ」

 沙知は、泣笑いのままで答えた。

「痛いけど、嬉しいんだもん」

「……まったく、おまえって奴は。よし、終わり」

 沙知の手足を介抱しながら、新が傷薬をしまった。

「うー、痛かったよぉ」

 手の平の傷に息を吹きかけている沙知に、新が話し掛けた。

「ところで、沙知」

「え?」

「そのコンビニの袋に入ってるのは、もしかして」

「あ、さすが。お目が高い」

 沙知は、袋から缶を二つ取り出した。

「じゃーん、思い出の田舎汁粉でーす」

「おお!懐かしいなぁ」

「でしょう」

 新の笑顔を見ながら、沙知は嬉しそうに微笑んだ。





 缶を開けて一口飲んだ新が、大きな声を上げた。

「うぇ!甘いなぁ、これ。こんなに甘かったっけ?」

 自分の缶を開けながら、沙知は新に目を向けた。

「当たり前でしょ。甘くないお汁粉なんてお汁粉じゃないもん」

「それにしても、これは結構すごいぞ。おまえ、よくこんなの飲みながら弁当食ってたな」

「やだなぁ。この甘さをベースにしながら食べるおかずが美味しかったりするのに」

「別にいいけど、おまえそのままの生活続けてたら、間違いなく太ってたな」

「それは、そうかも」

 頷きながら、沙知は言葉を続けた。

「あの時注意してくれて、ありがとね」

「おう、感謝しろよ」

「それから、いつも世話してくれてありがとう」

「ああ」

「あと、今日の神谷との事も」

「……知ってたのか」

「うん」

「あれは、まあ、その」

 新が、照れくさそうに頭をかいた。

「どうしても、俺の中で決着つけなきゃいけない問題だったからな」

「そっか……」

 沙知は、小さく呟いた。

 二人の間に、少し沈黙が走った。

 ふいに沙知は立ち上がり、新に向かって厳しい目を向けた。

「新!」

「……はい」

「私の事、引っ叩いて!」

「……はい?」

 新が怪訝な表情を浮かべた。

「なんで?」

「だって私、茜の事にこだわって、新の事傷つけたから」

「いや、だけどあれは元々俺が」

「いいから!」

 新の言葉を遮って、沙知は一歩足を踏み出した。

「このままじゃ私の気がすまないの。だからお願い!」

「……まあ、そこまで言うのなら」

 新が立ち上がり、沙知の前に立った。

「ほれ!」

 ぺちっと音を立てて、新の手が沙知の額に当たった。

「……何それ。全然痛くない」

 不服そうな沙知の言葉に、新が困ったような表情を浮かべた。

「もういいって、これで」

「駄目だよ、こんなんじゃ」

「いいんだってば」

「駄目ってば!」

「ああ、もう。おまえはうるさいっつうの!」

 声を荒げながら、新が沙知を抱きしめた。

「俺がいいって言ってんだから。だからもういいだろ、沙知」

「……うん」

 驚きながらも、沙知は小さく頷いた。





 新の腕の中で、沙知は心が安らいでいくのを感じた。

 どんなにつらい事があっても、どんなに悲しい事があっても。

 たぶんこの腕に包まれる度に、穏やかになれる。安らげる。

 そう信じられる事が、沙知はとても嬉しかった。



 少しだけ顔を上げ、沙知は新の顔を覗き込んだ。 

「あのね、新」

「ん?」

「あの、私ね」

「……なんだよ」

「今までちゃんと言った事なかったけど。私、新の事」

「ちょっと待った!」

 するどく遮った新が、沙知の肩をつかんで顔を覗き込んだ。

「あのな、沙知」

「……なに?」

「実は俺、こういう時に相手から押されると駄目な性質なんだよ」

「あ、そうなんだ」

「そうなんだよ。だから、その先は俺に任せろ」

「……分かった」

 素直に頷いて、沙知は新の顔を見上げた。

 大きく息を吸ってから、新が沙知の目を見つめた。

「沙知」

「はい」

「好きだ」

「……はい」

 こっくりと、沙知は頷いた。

 瞳の奥がつんと熱くなって、沙知はそっと目を閉じた。

 ふと、沙知は唇に温かい息がかかるのを感じた。

 唇に触れる温もりがどうしようもなく愛しくて、沙知はいつしか、声を出さずに泣いていた。





 次の日の朝、始業ぎりぎりの時刻。

 人気がない事を確認してから、沙知は校門からそっと校庭を覗き込んだ。

「おはよう、沙知」

 待ち構えていた香苗を見て、沙知はうなるように呟いた。

「……あんたにだけは会いたくなかった」

「どういう意味よ、それ」

 眉をひそめながらも、香苗は笑いをこらえているような表情を浮かべていた。

「あのね、沙知。私がどれだけあなた達に協力して来たか、分かってる?」

「……分かってますよ」

 足早に通り過ぎようとした沙知の制服の裾をつかみながら、香苗が言葉を続けた。

「だったら、報告の義務があるってもんじゃないの?」

「報告って、何を?」

「しらばっくれるんじゃないの!」

 にやにやしながら、香苗が沙知の前に回りこんだ。

「あの後、どうなったの?」

「……えっと。あの後、ねぇ」

 ごまかすように目を逸らしていた沙知は、ふと香苗に目を戻した。

「あ、その前に。ねぇ、香苗」

「なによ」

「昨日、一樹とどこに行くつもりだったの?」

「え?」

 呟いた香苗が、くるりと背中を向けた。

「……さぁてと。今日も一日お勉強頑張ろうっと」

「ちょっと待ちなさいよ、香苗」

 今度は沙知が、香苗の制服の裾をつかんだ。

「そりゃないんじゃないの?私達、お友達じゃない」

「そうだったけ?覚えてないなぁ」

 沙知を引きずるように玄関に入った香苗が、茜の姿を見て駆け寄った。

「あ、ちょっと聞いてよ、茜。沙知ったら自分の事棚に上げて、私の事ばっかり追及するんだよ」

「何よ、自分だってそうじゃない」

 言い争う二人に、茜が目を向けた。

「まあまあ、二人共落ち着いて」

 にっこりと微笑んだ茜の後ろに、神谷の姿が現れた。

「……よお」

 茜の頭にぽんっと手を乗せてから、神谷が通り過ぎて行った。その神谷に、茜が優しい笑顔を向けた。

「おはよう、神谷」

 沙知と香苗は、驚いたように一歩足を引いた。

「……ちょっと、どういう事?」

「……なんなの、今の親しげな様子は?」

「ああ、えっと」

 茜が、少し恥ずかしそうに笑った。

「まあ、とりあえず過去は水に流す事にしたの。お互いに」

「あ、そうなんだぁ」

 沙知は小さく呟いた。

「……それは良かった。うん、良かった。……ていうか、良かったじゃない!」

 我に返って、沙知は茜の肩をつかんだ。

「茜、良かったね!」

「ん。まあ、ね。……じゃ、先に教室行ってるね」

 小さく微笑んで、茜が小走りに玄関を離れて行った。

 その背中を見送った沙知は、どっすんばったんと響く足音に気がついた。

「よお、沙知」

「おはよう、一樹」

 笑顔を浮かべながら、沙知は一樹に目を向けた。

「昨日はごめんね。せっかくのデートを台無しにしちゃって」

「なぁに、いいって。なあ、香苗」

「……あんたねぇ」

 香苗が、一樹にするどい目を向けた。

「せっかく私がごまかしたのに、何をあっさり認めちゃってるのよ」

「え、なんで?秘密なの?俺達の仲って!」

「別に秘密じゃないけど、……なんか照れくさいじゃない」

「なぁんだ、そういう事か」

 ほっとしたように、一樹が笑顔を浮かべた。

「そんなに恥ずかしがる事ないじゃねぇか。俺みたいに魅力的な男を見たら誰だって惚れるってもんよ。なあ、沙知?」

「あ……、そうだね」

 沙知の引きつるような笑顔でのフォローも利かず、顔を真っ赤にした香苗が力いっぱい一樹の足を踏んだ。

「痛っ!」

「馬鹿!もうあんたなんて知らない!」

「いや、おい。ちょっと待てって。冗談だってば、香苗」

 踏まれた足を押さえながら、一樹が香苗の背中を追って行った。

「ったく。進歩のない男だな、あいつも」

 ふと後ろから声が聞こえて、沙知は振り返った。

 そこに立っていた新が、沙知に目を向けた。

「おす」

「……おす」

 目を逸らさずに答えた沙知を見て、新が感心したような声を上げた。

「お、今日は逃げないな」

「当然でしょ。私は進歩する女だもん」

「なるほど、えらいえらい」

 靴を履き替えながら、新が沙知の頭を撫でた。その手を軽く振り払いながら、沙知は少しふくれて見せた。

「ちょっと、子供扱いしないでよね」

「子供扱いなんてしてねぇよ」

 答えながら、新が沙知に顔を近づけた。

「子供扱いしてる奴に、キスなんかしねぇって」

 一瞬身を引きそうになりながらも、沙知は笑顔を浮かべた。

「……なるほど、それはそうかもね」

「おお、なかなか頑張るな」

 新が、にっこりと微笑んだ。

「よし。ご褒美に何でも好きなものおごってやる」

「え、ほんと?」

「おう。今度の日曜、出かけるぞ」

「やったぁ!ありがとね、新」

 新の笑顔を見上げながら、沙知は素直な気持ちで微笑んだ。



          完




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