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雪の降る空の下

12

 タクシーに乗り込んだ田辺は、携帯で睦実に連絡を取った。

「こっちは話がつきました。雪乃さんは見つかりましたか?」

 息を切らしながら、睦実の声が答えた。

「ごめん!一旦見つけたんだけど、ちょっと眼を離した隙に見失ったの。美鶴と一緒に探してるところよ」

「雪乃さんの携帯は?」

「繋がらないの。電源切ってるみたい」

 田辺は思わず唇を噛みしめた。睦実の声が続いた。

「今、会社から二つ離れた駅にいるの。田辺君も合流して。見つけたらすぐに連絡するから」

「分かりました」

 田辺の返事を聞いてすぐに通話が切れた。

 両手を握りしめながら、田辺は窓の外に眼を向けた。次々と流れ去る美しいネオンを見ても、田辺の心が落ち着く事はなかった。



 タクシーを降りたところで、田辺の携帯が鳴った。

「もしもし!」

「田辺君、今どこ?」

「駅に着きました。雪乃さんは見つかりましたか?」

「ええ。だけど……」

 睦実の声が少し口ごもった。

「田辺君、落ち着いて聞いてね。今、二人はパークホテルの前にいるの」

「……臼井は、そこに部屋を?」

「たぶんね」

 睦実が、感情を押し殺したような声で答えた。

「どうする?私達二人で止めようか」

「いや、それは駄目です」

 田辺はなんとか高まる怒りを押さえつけた。

「女性だけじゃ危険過ぎます。俺が行くまで待ってて下さい」

「……分かった。お願い、すぐに来て」

 低い声が聞こえて、睦実との通話が切れた。

 田辺は辺りの景色を確かめた。そこからホテルまで、大体五分くらいの距離だろう。

 人ごみをすり抜けながら、田辺は走り始めた。

 住宅地の真中で、田辺は足を止めた。

「……おい、ここってどこだよ?」

 田辺は、しっかりと道に迷っていた。

 焦りながら周りを見渡していた田辺は、五〇メートルほど先にぽつんと灯がついている店を見つけた。「松田酒店」と看板が出ているその店に、田辺は全速力で飛び込んだ。

 ものすごい勢いで走りこんで来た田辺を見て、テレビを見ていたおやじが椅子から腰を浮かせた。

「ど、どうしたの?」

「パ……、パークホテルは、どこですか?」

 息も切れ切れに、田辺は尋ねた。

「パークホテル?それなら、駅を超えて反対側だけど」

 おやじの答えを聞いて、田辺は思わずその場に座り込んだ。

「……やばい、また方向間違えた」

 恐る恐るしゃがんだおやじが、田辺の顔を覗き込んだ。

「変な汗かいてるけど大丈夫?奥の部屋貸すから、ちょっと休んで行ったら?」

「ありがとうございます。でもそんな暇ないんです。早く助けに行かないと……」

 ふらふらと立ち上がった田辺の言葉を聞いて、おやじが血相を変えた。

「助けにって、誰かが危ない目に合ってるの?よし、俺が行ってやるよ。パークホテルでいいんだな?」

 営業用らしい自転車に駆け寄ったおやじの腕をつかんで、田辺は首を振った。

「気持ちはありがたいんですが、俺が行かなきゃ意味がないんです」

「え……、なんで?」

「すみません、詳しく話してる暇ないんです。俺、もう行きますね」

 怪訝な顔をしているおやじに背を向け、田辺は再び走り出した。

 一〇〇メートルほど走ったところで、自転車に乗ったおやじが田辺の横に並んだ。

「なあ、よかったらこの自転車貸すけど」

 走っている足を止めないままで、田辺はおやじに顔を向けた。

「でも、これって仕事で使う奴でしょ?」

「まあ、気にすんな。なんだか知らないけど誰かを助けなきゃいけないんだろ?このままじゃ、あんたまで倒れちゃうよ」

 おやじの言葉を聞いて、田辺はようやく足を止めた。激しい呼吸を繰り返しながら、田辺はおやじを見つめた。

「……助かります。絶対に返しますから」

 おやじが、照れくさそうに笑った。

「いいからいいから。ほれ、早く行ってやんな」

「はい、ありがとうございます!」

 自転車を受け取った田辺は、おやじの声援を背にパークホテルに向かった。

 ホテルの前で急ブレーキを掛けた田辺を見て、美鶴が駆け寄って来た。

「遅い!二人共もう中にいるよ」

 肩で息をしながら、田辺は美鶴に眼を向けた。

「部屋は、どこだ?」

「睦実さんが後をつけてる」

「分かった」

 頷いた田辺は、美鶴に自転車を示した。

「これ、駅の向こうの松田酒店に返しといて」

「……はあ?」

 眉を寄せた美鶴を背に、田辺は再び走り出した。その背中に向かって、混乱した表情の美鶴が怒鳴り声をあげた。

「ちょっと、どういう事よ、これ!田辺ぇー、ざけんなー!」

 美鶴の苦情の声は、田辺の耳にまったく届いていなかった。

 ロビーに駆け込んだ田辺は、睦実の姿を見つけて大声で呼び掛けた。

「睦実さん!」

「田辺君!」

 駆け寄って来た睦実が、田辺の腕を強くつかんだ。

「五〇七号室!一〇分くらい前に部屋に入ったの」

「五〇七ですね!」

 ロビーの奥にあるエレベーターに駆け寄った田辺は、一二階を過ぎてなお昇って行く表示を見てその場を離れた。辺りを見渡し、少し離れたところに階段を見つけた田辺は、迷う事なく走り出した。

 一段抜かしで階段を昇り切った田辺は、三方向に別れた廊下に出て足を止めた。

「こっちよ!」

 追いついた睦実が、田辺の横を駆け抜けながら声を掛けた。

 長い廊下を全速力で走り続けたニ人は、五〇七号室の前で立ち止まった。

「……田辺君」

 大きく息を繰り返しながら、睦実が田辺を見上げた。ドアを睨みつけたまま、田辺は睦実に声を掛けた。

「睦実さんは向こうで待っていて下さい。俺が一人で行きます」

「でも……」

「いいから早く!」

 声を荒げた田辺を見て、小さく頷いた睦実が足早に走り去った。

 チャイムに手を伸ばした田辺は、指が触れた瞬間にふと手を止めた。少しの間何かを考えてから、田辺は指に力を込めた。

「……はい」

 雪乃の声が聞こえた。高まる気持ちを押さえながら、田辺は低い声で答えた。

「ルームサービスをお持ちしました」

 雪乃の声が不審げに曇った。

「そんなの、頼んでません」

「臼井様が直接フロントに命じられたお品です」

「……分かりました。ちょっと待ってて下さい」

 ぱたぱたと足音が近づいて来て、ドアが小さく開けられた。開かれたドアに手を掛け、田辺は強く腕を引いた。ノブに引きずられるように姿を表した雪乃を、田辺はしっかりと受け止めた。

「雪乃、帰るぞ」

「田辺君!」

 田辺の腕の中で、雪乃が驚いたように眼を上げた。

「どうして?」

「話は後だ。廊下の向こうに睦実さんがいる。そこで待っててくれ」

「……駄目よ、そんなの」

 泣き出しそうな顔で、雪乃が首を振った。

「だって、お金が……」

「大丈夫だ、俺を信じろ」

 二人の視線がぶつかった。雪乃の不安げな眼を、田辺はしっかりと受け止めた。

 ふと、バスルームのドアが開いた。腰にバスタオルを巻いただけの臼井が、田辺に気がついて驚いたように声を上げた。

「誰だ、おまえは!」

「……分かったな、雪乃」

 臼井に眼を向けたまま、田辺は雪乃の体を押し出し、ドアを閉めた。

「おい、誰なんだ、おまえは!」

 田辺を睨みつけながら、臼井が同じ言葉を繰り返した。

「北村事務所の者です」

「……ああ、なんだ。あのつぶれかけの会社の奴か」

 臼井が吐き捨てるように呟いた。

「だったら、あの社長のする事を分かってるだろう。早く連れ戻せ」

「それは出来ません」

「……どういう事だ。おまえら、金がほしいんじゃないのか?」

「あなたのくれる金なんかいりませんよ」

 ゆっくりと足を踏み出した田辺に、臼井が不審な目を向けた。

「金なんかいらないって……。おまえ、会社をどうするつもりだ?」

「あなたにはもう関係のない話です」

「なんだよそれ。おまえ、会社を見捨てるつもりか?」

「違います。ただ、うちの会社はあなたの金を必要としなくなったんです。それだけの話ですよ」

 穏やかに話をしているにも関わらず、田辺の周りには不穏な空気が漂っていた。歩み寄る田辺に押されるように、臼井がじりじりと後ずさりを始めた。

「……ああ、分かった。あんた、個人的に金がほしいんだろう。な、そうだろう?」

 怯えた表情を浮かべた臼井が、窓ガラスに背中を押し付け、足を止めた。

臼井の目前にまで歩み寄った田辺は、力を込めた拳を臼井の真横に打ち下ろした。分厚く作られているガラスが、びりびりと音を立てて震えた。

「……そんなに金の話ばかりしてると、人格疑われますよ」

 臼井を静かに見つめながら、田辺は言葉を続けた。

「この度は、うちの社長が大変お世話になりました。金の力で人を操ろうとしたあなたを見て、彼女もいい勉強になったと思います」

 脂汗を流している臼井が、弱々しいながらも反論の言葉を呟いた。

「人聞きの悪い事を言わないでくれ。彼女もちゃんとした大人だろう。ここまで来たのだって、自分の意志だったはずだ」

「……それは、確かにそうです」

 田辺は体を離し、胸ポケットから財布を取り出した。

「お茶代、食事代、ここの宿泊料金。それから、少しですがお詫びの気持ちです」

 数枚の札を取り出して、田辺はベッドの上に並べた。

「これで、全てなかった事にしてもらえませんか?」

 ベッドの上にある札を眺めながら、臼井が少しほっとしたように笑いを浮かべた。

「なんだよ、偉そうな事言いやがって。結局おまえも金で解決するんじゃないか」

「……これが、一番平和な解決方法だと思ったものでね。もしご不満でしたら、男らしく話をつけますか?」

 答えた田辺の顔に、初めてむき出しの怒りが浮かび上がった。その表情を見た臼井が、小さく息を飲み込んだ。

「俺はね、臼井さん。それなりに覚悟を決めてここまで来たんです」

 切れそうな理性をなんとか繋ぎとめながら、田辺は冷たい眼で臼井を見つめた。

「例え殺されかけたとしても、俺は絶対あなたに背中を向けませんよ」

 臼井が凍りついたように固まった。

 少ししてから、臼井が震える手でベッドに置いてある札を取り上げた。それを見て、田辺は無言で背中を向けた。

 ドアを開いたところで、田辺は小さく振り返った。

「もう二度と、あなたとお会いする事はないでしょうね」

 何度も頷いて見せる臼井を見て、田辺は後ろ手にドアを閉めた。

 ドアに寄りかかりながら、田辺は大きく息を吐き出した。

 しばらくぼんやりと廊下の壁を見つめていた田辺は、ふと思い出したように呟いた。

「……いやぁ、それにしても」

 一旦しまった財布を取り出しながら、田辺は中身を覗き込んだ。

「給料日の後で良かったぁ……」

 駐車場に車を停め、田辺は助手席に眼を向けた。

「おい、いい加減諦めたらどうだ」

「……だってぇ」

「だってじゃない。いいから早く降りろ」

 田辺の厳しい眼を見た雪乃が、ため息をつきながら車を降りた。

 時刻はもう、深夜に近かった。

 雪乃と合流してからすぐに、田辺は会社に戻った。契約に必要なものを全て鞄に押し込み、ついでに嫌がる雪乃もなんとか車に押し込んで、ようやく今、茅乃の会社まで辿り付いたのだ。

 駐車場をとろとろと歩きながら、雪乃が田辺に眼を向けた。

「……ねえ、どうしても行かなきゃ駄目?」

「しつこいぞ、こら」

 雪乃の腕をつかんで、田辺が大またで歩き出した。

「北村事務所始まって以来の大型取引なんだ。社長がいなくてどうすんだよ」

「大丈夫だよ、田辺君一人で。うちの腕利き営業主任なんだし」

「おまえ、都合が悪くなるとそれ言い出すよな」

「……うー」

 田辺に引きずられたままで、雪乃がその場に座り込んだ。

「やっぱりやだ、私行かない!田辺君に全部任せる!」

「ほお、そういう事を言うか」

 田辺は、冷静に雪乃を見下ろした。

「おまえがそういう態度に出るんなら、俺にも考えがある」

「何よ、考えって」

 ふくれた顔で見上げる雪乃の前に、田辺はしゃがみ込んだ。

「社長。俺達社員の生活は、今のあなたの行動に掛かってるんですよ。あなたの不義理な行動に相手先がへそを曲げて、契約を破棄されたらどうするおつもりなんですか?」

「……ずるーい」

 うらめしそうな顔で、雪乃が田辺を見上げた。

「田辺君ったら、どうしてそんなに上手に痛いとこつけるの?」

「社会人としてのキャリアが違うんだよ。ほら、時間がないんだから、さっさと立て」

 抵抗する雪乃を引きずるようにして、田辺はビルに足を踏み入れた。

 応接室のソファに、二人は並んで座っていた。この場に通されてからずっと、雪乃がもぞもぞと体を動かしていた。

 がちゃっと音がしてドアが開いた途端、雪乃が勢いよく立ち上がった。

「あ、あの!本日はご契約ありがとうございます。心から感謝の気持ちを抱きますと共に、御社の更なるご発展を願わずにはいられません!」

 雪乃の様子を見て、茅乃が微笑みを浮かべた。

「誠意のこもったお言葉、痛み入ります。またこの度は破格の値を提示して頂き、心より感謝を申し上げます。さあ、社長さん。どうぞお座り下さい」

 雪乃の横で唇を噛みしめ、田辺は何とか笑いをこらえた。

 契約は滞りなく終了した。

「これで、無事に契約が済みましたね」

 印鑑をしまいながら、茅乃が雪乃に眼を向けた。

「それでね、社長さん。この場を借りて一つお願いしたい事があるんですが」

「あ、はい。なんでしょうか?」

 顔を上げた雪乃を、茅乃が真剣な表情で見つめた。 

「雪乃。私、あなたに話したい事が山ほどあるの。聞いてもらえないかしら」

「あ……」

 呟いた雪乃が、そっと眼を伏せた。

「お話を聞く必要は、ないと思います」

「……やっぱり、許してはもらえないのね」

 茅乃の苦しげな声を聞いて、雪乃が小さく呟いた。

「……あなたの気持ちは全部田辺君から聞いた。それでもう、十分だから」

 話をしながら、雪乃が思い切ったように顔を上げた。

「今までお互い、辛い事がたくさんあったよね。私もう、そういうの思い出したくない。だから」

 言葉を切った雪乃が、穏やかな眼で茅乃を見つめた。

「忘れようよ、全部。これから時間掛けて、いい思い出いっぱい作って。それで、いつか全部忘れよう」

 茅乃が、問い掛けるような眼を雪乃に向けた。

「許してくれるの?私は、あなたに寂しい思いばかりさせて来たのに」

「……今すぐ許すっていうのは、正直無理かも知れない」

 呟いた雪乃が一瞬眼を伏せ、やがて再び顔を上げた。

「でもね。これでも私、結構大人になったと思うの。小さい頃には分からなかったあなたの気持ち、今なら分かる気がする。だからもういいよ。二人でこれからの事考えよう」

「……雪乃」

 茅乃の眼から大粒の涙が転がり落ちた。

 茅乃の隣に席を移し、雪乃が小さく微笑んだ。泣き笑いでそれに答えた茅乃が、雪乃を強く抱きしめた。

 そっと席を立って、田辺は応接室を抜け出した。

 ガラス張りの廊下に出た田辺は、壁に寄りかかりながらゆっくりと座り込んだ。

 ガラスの向こうに見えるビル群の照明が、ちかちかと点滅を繰り返している。

 しばらくの間、田辺は変わらない夜景を見つめていた。

 やがて天井に眼を向けた田辺は、心底ほっとしたように、深いため息をついた。

「ねえ見て!随分積もったよ」

 雪乃が窓に駆け寄った。

「ほら、もう雪だるまとか作れちゃうもん」

 雪乃の言葉を受けて、田辺は窓の外に眼を向けた。それは、年を明けてから初めての雪だった。

 年末、田辺は山のような仕事を次々と片付けて行った。

 ギフトシーズンを迎えて大忙しの得意先へ、毎日のように出かけた。少しでも時間が空くと、倉庫に入って荷物をつめた。

 休憩室ではおばさん達に囲まれ、事務所では得意先からの電話に追われていた。

 そんな毎日を繰り返すうちに、気がつくともう、年が明けていた。

 久しぶりにゆったりとした気持ちで、田辺は開け放たれた窓に近づいた。いつの間にか外に出ていた雪乃と美鶴が、雪の中で歓声をあげている。

「はい、田辺君」

 睦実が、熱い湯飲みを手渡してくれた。

「ありがとうございます」

 手の平を温めながらお茶を飲んでいる田辺の横で、睦実が外に眼を向けた。

「若いよね、あの二人。私だったら寒くて動けなくなっちゃう」

「何言ってるんですか。睦実さんだって十分若いですよ」

「……やだ、そんなお世辞言わないで」

 睦実が、少しすねたような表情を浮かべた。

「私、もう二八だよ。田辺君より年上なんだから」

「睦実さんは、年齢よりもずっと若く見えますよ」

 田辺は笑顔を浮かべた。

「それに優しいし、美人だし。すごく魅力的だと俺は思ってますよ」

「え?」

 睦実が、戸惑ったように田辺を見つめた。

「……それって本気で言ってくれてるの?」

「ええ」

 田辺は大きく頷いた。

「もし雪乃がいなかったら、絶対惚れてました」

「あ…………、そう」

 呟くように答えて、睦実が窓の外に眼を戻した。

「……それなりに、嬉しくはあるんだけどね」

 小さくため息をついた睦実が、ふと窓から身を乗り出して雪乃に笑顔を向けた。

「ねえ、雪の玉一つ作ってくれない?」

「うん、いいよ」

 雪乃が駆け寄って来て、睦実に雪玉を差し出した。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 澄ました顔で受け取った睦実が、田辺に体を向けた。

「とりゃ!」

「ぶっ!」

 突然雪玉を顔に押し付けられ、田辺はその場に倒れこんだ。

「あ!ちょっと、睦実さん!田辺君に何するのー」

「うるさーい、私は今気が立ってるんだからね。あんた達、覚悟しなさい!」

 威勢よく答えながら、睦実が事務所を出て行った。残された田辺は、唖然とした顔で呟いた。

「な……、なんだぁ?」

 田辺を見下ろしながら、雪乃が厳しい顔を作って見せた。

「よーし。見ててね、田辺君!今屈辱を晴らしてくるから」

 その後ろで、睦実が声を立てて笑った。

「やれるもんならやってみなさい!こう見えても、私って結構運動神経いいんだからね」

「何を!睦実さん、覚悟しろー」

 雪乃が、雪を蹴散らしながら走り去って行った。

「……だから、なんなんだよ、一体」

 呟きながら立ち上がり、田辺は恐る恐る窓に足を向けた。同盟を組んだらしい雪乃と美鶴に対し、睦実が堂々と渡りあっていた。

 楽しそうに遊んでいる三人を見ているうちに、田辺の顔に自然と微笑みが浮かんだ。

「ま、いいか」

 呟いた田辺は、その場で大きく伸びをした。



 ふと、田辺は空に眼を向けた。柔らかい雪の粒が次々と舞い降りてくる。

 窓の外に手を差し伸べてみた。一片の雪が、田辺の手にゆっくりと着地した。

 田辺は小さく微笑んで、その雪の結晶を、両手でそっと包み込んだ。

             完


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