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記憶を超えた、ある事実


四、

 次の日の放課後。
 教科書を抱えて、香奈は職員室を覗き込んだ。
 机に向かっている竹田を見て、香奈は笑顔で近づいた。
「竹田先生、今お時間いいですか?」
「あら、神崎さん」
 笑顔を浮かべて、竹田が香奈を見上げた。
「今日はどうしたの?」
「あの、この前訊きそびれた古文の解釈、教えて頂けませんか?」
「……いいけど」
 答えた竹田が、香奈の背後に目を向けた。
「でも、お宅の担任。すぐそこにいるけど」
「げ!いつの間に?」
 振り向いた香奈を見下ろしながら、光一郎が眉をひそめた。
「『げ!』じゃないだろう。神崎、君はどうして俺に質問しないんだ」
「……だって私、今日忙しいんですもん。プリントもらってもやってる時間ないんですよ」
 香奈の言葉を聞いて、光一郎がため息をつきながら首を振った。
「ああ、情けない。何て冷たい事を言うんだろう、君は。プリントは教師である俺の愛情だって、何度言ったら分かるんだ?」
「だから、愛情の押し売りは迷惑なんだって、何度言ったら分かるんですか?」
「まあまあ、二人共落ち着いて」
 にらみ合う二人の間に、竹田が割り込んだ。
「迷惑がる神崎さんもよくないけど。でも、遠藤先生もあまり感心出来ないわね。課題の出し過ぎは、生徒の負担になるだけよ」
 少しむっとした表情で、光一郎が竹田に向き直った。
「いや、俺はちゃんと生徒の力量を考えて課題を出してますよ。時間だって十分与えてますし」
「でも、神崎さんは負担になってるって言ってるじゃない」
「それは神崎特有の口答えであって、あのセリフは言わばコミュニケーションの一部なんです」
「えー、それはどうかなぁ、違うと思うけど。とにかく、あなたはもっと真摯に生徒の言葉を受け止めるべきよ」
「失礼な!俺はちゃんと、生徒一人一人の言葉に耳を傾けてますよ!」
 そのまま激しくディスカッションを始めた教師二人を見て、香奈は小さく呟いた。
「……もしかして私、またやっちゃった?」
 やがて、白熱する二人の周りにまたもや大勢の教師が集まり出した。
 いつしか出来上がった教師の輪から、香奈はこっそりと抜け出した。
「……ごめん、光ちゃん。わざとじゃないから許して」
 誰にも聞こえないように呟いてから、香奈は逃げるようにそっとその場を後にした。



               完




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