SHAKE! 
13th stage


一三、


 どれだけ迷っても決められない。朗はそう思っていた。しかし、それは違うとすぐに分かった。部屋に入ってきた淳を見た瞬間、朗の気持ちは決まった。


 こたつに入って寝そべっていた朗は、ノックの音を聞いて返事をした。
「どうぞ」
「邪魔するぞ」
 淳が顔を覗かせた。
「美弦は?」
「ばあちゃんのところに行ってる」
「そうか」
 ドアを閉めて、淳が朗の向かいに座った。
「美弦が心配してたぞ、おまえの様子がおかしいって」
「俺だって具合悪い時くらいあるよ」
「嘘つけ、風邪一つひいた事がないくせに」
 あっさり否定した淳が、言葉を続けた。
「研究書、読み終わったぞ」
「おう」
「分厚い本を読んだかいがあったよ。ちゃんと書いてあったぞ、裏に戻る方法が」
「そうか」
「出発出来る時が来たら言ってくれ。俺はいつでもいいから」
「分かった」
 目を合わさずにいる朗を少し見つめてから、淳が立ち上がった。
「じゃ、部屋にいるからな」
「はいはい」
 ドアに手を掛けた淳が、振り返った。
「朗」
「ん?」
「おまえにばっかりつらい役させて悪いな」
「別にいいよ。役得も結構あったしな」
「何だよ、役得って」
「知りたい?」
「ああ」
 淳の顔をじっと見つめてから、朗はにんまりと顔を崩した。
「教えてあげない」
 途端に、朗の顔がぎゅむっと踏まれた。
「おまえの心配なんて、二度としないからな」
 その足を、朗は押しのけた。
「上等だ、とっとと部屋に戻ってろ」
「ったく、油断も隙もない奴だ。いつも間にそんないい目に……」
 ぶつぶつ言いつつ、淳が部屋を出て行った。その背中を見送りながら、朗は少し笑った。


 しばらくして、美弦がそっと顔を覗かせた。
「起きてる?」
「ああ、起きてるよ」
 朗の浮かべた笑顔を見て、美弦がほっとしたように笑った。
「良かった、結構元気そう。あ、これ食べる?おばあちゃんのところで作ってきたの」
 竹の皮に包まれたおにぎりに、朗は即手を伸ばした。
「あ、食う食う」
「どうぞどうぞ。たくさん食べて」
 両手におにぎりを持つ朗を見て、美弦が嬉しそうに笑った。
 五つ並んでいたおにぎりをぺろりと食べ終えると、朗は立ち上がった。
「うーん、さすがに腹いっぱいだ。美弦、散歩にでも行こうか」
「うん、行く!」
 すぐにドアに向かう美弦を引き止め、朗はコートを渡した。
「おいおい、ちゃんと着込めって。外は寒いんだから」
「あ、はい」
「ほら、マフラーも」
 自分の首にマフラーを巻く朗に、美弦が顔を赤らめた。
「マフラーくらい、自分で出来るよ」
「んな事、分かってるよ」
「じゃ、なんで?」
 赤い顔で見上げる美弦に、朗はにっと笑って見せた。
「サービス」
「もう、わけ分かんない!」
 照れくさそうに、美弦が背中を向けた。
「ほら、早く行くよ」
「はいはい」
 笑いながら、朗は美弦の後に続いた。


 草原には、暖かい日差しが溢れていた。時折頬をなでる冷たい風が、かえって心地いい。
「いい天気だねぇ、絶好の散歩日和。ね、今日はとことん歩いてみない?そしたら、朗のそのお腹も少しはへっこむよ」
「人を出腹みたいに言うな」
 美弦を睨んでから、朗は草原の奥を指差した。
「じゃ、あそこまで行ってみるか」
「あそこって、あの岩山みたいな奴?」
「そう。あそこは、おまえが最初に現れた洞窟だよ」
「あ、行ってみたい!なんかすごく懐かしい」
「二〇分くらい歩くぞ」
「全然平気。どんどん歩きましょ」
 弾む足取りで、美弦が歩き出した。
 足を止めた二人は、しばらく無言でその洞窟を見つめた。やがて、美弦が深いため息をついた。
「ここから始まったんだね、全部」
「ああ」
 頷く朗を見て、美弦がくすっと笑った。
「朗ったらいきなり人の胸触ったよね。最悪な第一印象だったよ」
「しょうがねぇだろ、満と違うって確認したかったんだよ。ま、大して違いはなかったけど」
「何か言った?」
 きりっと睨みつける美弦から、朗は目を逸らした。
「何も言ってません」
「まったく、ろくな事言わないよね、朗って」
 呆れたように言いながら、美弦が腰を下ろした。
「すみませんね、ろくでもない男で」
 開き直りながら、朗は隣に座った。
 美弦に目を向けると、まぶしそうに空を見上げている。つられて、朗も空を見上げた。
 しばらくして、美弦が口を開いた。
「私、結構幸せかも知れない」
「ん?」
 目を向けた朗を、美弦が見つめた。
「きれいな空があって、隣に朗がいて。うん。私、幸せだと思う」
「そうか、よかったな」
「うん、よかったよ」
 にっこりと頷いてから、美弦が再び空を見上げた。
 その横顔を見ながら朗は、このまま何も言わずにいたいと思った。だが、すぐにその思いを打ち消した。
 深く息を吸い込んだ。冷たくて新鮮な空気が体中に回る。その心地良さが、朗の背中を押した。
「だけどな、おまえは帰らなきゃいけないんだ」
「え?」
 向けられた美弦の目を見つめながら、朗は言葉を続けた。
「元の世界に戻る方法が見つかった。帰ろう、美弦。あっちでおまえの仲間が待ってる」
「……やだ」
 美弦が小さく呟いた
「やだよ。私、帰りたくないよ」
 美弦が、朗の腕を強くつかんだ。
「一緒にいたいよ、朗。ずっと一緒にいたい」
「美弦」
 朗は、そっと美弦の肩を抱き寄せた。
「ありがとな。おまえの気持ちはすげぇ嬉しいし、俺もまあ、大体同じような気持ちでいる」
「だったら……」
「だけどな、駄目なんだよ。上手く言えないんだけど、人はそれぞれ自分の生まれたところで自分に与えられたものを乗り越えて行かなきゃいけないんだよ」
 美弦を包む腕に、朗は力を込めた。
「なぁ美弦、乗り越えろって。それから、もっと自分の世界を好きになれ。そうすればきっと、色々変わる。向こうにいても、幸せだって思えるようになるから」
「無理だよ。私、そんなに強くないもん」
「だったら強くなれ。大丈夫だ、おまえならもっともっと強くなれるから」
「朗……」
 呟いて、美弦がうつむいた。朗は、美弦の言葉を待った。
 しばらくして、美弦が首を振った。
「駄目だよ。もし強くなれても私、幸せになれない」
「そんな事ないって」
「ううん、そんな事あるの」
 言葉を切った美弦が、顔を上げて朗を見つめた。
「だって、向こうの世界には朗がいないもん」
「お、おまえ」
 思わず、朗は言葉をつまらせた。
「結構言うなぁ」
「ふふ、照れてやんの、可愛い」
 くすくすと笑ってから、美弦が真剣な表情に戻った。
「ねえ、朗は私に二つ、約束してくれたよね。覚えてる?」
「ああ、覚えてるよ」
「一つめは、私を元の世界に戻すって事」
「それはほら、これから頑張るから」
「二つめは、私より強くなるって事」
「それも、これから頑張る」
「うん、頑張って下さい」
 こっくりと頷いてから、美弦が言葉を続けた。
「で、ついでにもう一つ約束してくれない?」
「おまえ、それはよくばりってもんだぞ」
「いいじゃない、一個くらい増えたって。……けち」
「けちって。めちゃくちゃ言うなぁ、おまえ」
 ため息をついてから、朗は覚悟を決めた。
「分かった、分かりました。で、何を約束すればいいんだ?」
 すがるような目で、美弦が朗を見つめた。
「向こうの世界にいる私に、必ず会いに来て」
「それは」
 「無理だ」という言葉を、朗は飲み込んだ。
「……分かった、約束する」
 美弦が、大きく息を吐いた。
「ありがとう」
「ったく、厳しい約束ばっかりさせやがって」
 朗は、美弦を乱暴に引き寄せた。
「おまえなぁ、俺が行くまでしっかり頑張れよ。情けない姿してたらただじゃおかねぇぞ」
「分かってるってば。それより、自分だって頑張ってよね。二年も三年も待たせてたら絶対会ってあげないから」
「更に期限までつけるつもりか?」
「当然でしょ。私、年取ったあなたに興味ありません」
「うわ、なんて冷たい女だ、おまえは」
「なによ、それ。そういう朗だってね」
 そのまま二人は、話の流れるままに口論を始めた。
 肩を寄せ合ってする喧嘩は何だかすごくいい。朗は、しみじみとそう思った。





女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理