SHAKE! 
First stage


一、

 前島朗(まえじま あきら)は夢を見ていた。かつて見た事がない夢を。


 目が覚めた朗は、がばっと体を起こした。がっしりとした朗の体全体に、うっすらと汗がにじんでいる。夢の中で見た女性の顔が、目の前に鮮やかに残っていた。その影
を消すように、朗は頭を振り、立ち上がった。
 そこは、暗い洞窟の中だった。
「やべぇ、気絶しちまった。減点だな、こりゃ」
 朗は洞窟の奥に向かって走り出した。
 大学生である朗は、試験の真っ最中だった。この日のテストは「総合闘争」と呼ばれる、闘う力を試されるものだった。「幻獣」と呼ばれる猛獣を何匹倒したかによって得点が決まる。
 だがそれだけではなく、闘う際の行動パターンからチームで行動する仲間との強調性など、非常に細やかな部分までを評価される。もちろん、敵に襲われて気絶したともなると大減点だ。
 少し焦りながら、朗は一緒にテストを受けていた二人の仲間を探した。
 三分ほど走ったところで、朗は一人を見つけた。
「よお、目が覚めたか?」
 足音を聞きつけて、谷中淳(やなか じゅん)が振り返った。決して背が低いわけではない淳が、首一つ分上にある朗の顔を見上げた。
「めずらしいな、おまえがやられるなんて」
「悪い、油断しちまった」
 辺りにすばやく目をやると、淳の足元にもう一人の仲間が倒れこんでいた。愛用している剣が、今は背中から下ろされている。
「……満」
 呟いた朗に、淳が笑顔を向けた。
「大丈夫だ、そんなにひどい傷じゃない。でもまあ、今日のところは退散しよう」
「ああ」
 返事をしながらも、朗は満から目を離せなかった。
 片岡満(かたおか みちる)は、華奢な体つきをしていた。肩に出来た傷口からうっすらと血がにじんでいる。その真っ青な顔を見て一瞬夢の中に引き戻されそうになり、朗は慌てて目を逸らした。
「俺が先導する」
「分かった」
 少ない言葉を交わしてから、二人は歩き始めた。
 幻の獣、幻獣。
 幻獣は、特殊に作られたまぼろしだ。攻撃された時に受ける傷は、通常の傷に比べて一〇倍以上治りが早い。しかし、そうは言っても傷は作りたくない。ましてや、幻獣の攻撃をまともにくらうと減点される。朗は、慎重に洞窟の入り口に足を進めた。
 軽く後ろを振り向くと、満の体が宙に浮かびながら後に続いている。満の後ろにいる淳の念動力によるものだった。淳に任せておけば、満がこれ以上危険な目に合う事はない。
 後はここを出るだけだ。前方に目を戻した朗は、ふと三人の後方に強い気配を感じた。
「淳、走れ!」
 振り返りざま、朗は身構えた。淳と満の体が、すばやく朗の横を通り過ぎて行った。
 朗の目の前に、四匹の幻獣が現れた。
 ライオンほどの大きさの幻獣が、ぎらぎらした目を朗に向けて唸り声をあげていた。その牙と爪は異様に長く、つま先が半分以上土に埋まりかけていた。
「こんなに大勢でお見送りとは嬉しいじゃねぇか」
 小さく呟いた朗は、にやりと笑った。
「俺は今気が立ってんだ。おまえら、覚悟しろ!」
 地面を蹴った朗は、飛び掛ってきた一匹の幻獣の体を鷲づかみし、違う一匹に投げつけた。二匹の幻獣が、空気中に散るように姿を消した。一匹が、朗の脇腹めざして牙を剥いた。ぎりぎりで体をひねり、朗は後ろに跳んだ。地面に足が触れると同時に再び地を蹴り、幻獣に足払いを掛けた。倒れ込んだ脇腹に拳が突き刺ささり、幻獣はその姿を消した。残った一匹がじりじりと後ずさりし、やがてすばやく洞窟の奥に逃げこんで行った。
「ちっ、三匹か。大したフォローにならねぇな」
 立ち上がった朗は、足早に洞窟の入り口に向かった。


 入り口付近で、朗は二人に追いついた。試験官である教授が、朗に顔を向けた。
「前島朗を加えた三人。ラストで健闘したようだが、残念ながら合格はやれんな。追試を受けるように」
「分かってますよ」
 悔しい気持ちを隠しながら、朗は頭をかいた。
「チーム中二人も気絶しちゃ、そりゃ駄目でしょう」
「しかし珍しいな、おまえがやられるとは」
 教授が、からかうように笑った。
「なんか雑念でもあったんじゃないのか?」
「ご想像にお任せします。じゃあ、俺達は寮に戻りますね」
 苦笑いを返してから、朗は洞窟を出た。
 洞窟を抜けると、そこは果てしなく続く草原だった。朗は、一八〇度広がる草原を見つめながら深呼吸をした。緑の葉の間を通り過ぎてきた風が、朗の気持ちを少し軽くしてくれた。
「おい、朗。ちょっといいか」
「あいよ」
 淳の声に答えて、朗は振り返った。淳が、満のケガの手当てを終えたところだった。満の脇に腰を下ろしながら、朗は淳に尋ねた。
「傷の具合はどうだ?」
「ああ、もう結構治り掛けてる。このまま少しすれば目が覚めるだろう」
 ふーっと大きく息を吐き出して、淳が立ち上がった。
「おまえはここにいてくれ。俺は追試の日を訊いてくる」
「ああ、分かった」
 頷いた朗は、淳が立ち去ったのを見送ってから満に目を戻した。
 相変わらず青い顔をしたまま、満は目を閉じていた。その顔を見つめながら、朗は立てた膝に頬杖をついた。
「まったく、俺はなんだってあんな夢を見ちまったのかねぇ」
 呟きながら、朗はさっき見た夢を思い出していた。
 夢の中で、朗は一人の女性を見ていた。その女性は、目の前にいる満とまったく同じ顔をしていた。
 複雑な思いで満を見つめていた朗は、ふと確かめたくなった。少し緊張しながら、朗はそっと満の胸に手を置いた。満の胸は、どこまでも平坦だった。
「だよなぁ」
 ほっと息をつきながら、朗は顔を上げた。目の前に、怯えた目をした淳がいた。
「げ!いつからそこに?」
「おまえ、いつからそういう趣味に?」
「違う!誤解だ」
 朗は激しく首を振った。
「俺は根っからの女好きだから!」
「じゃ、なんだよ、今のは?」
「いや、それはだなぁ」
 かなり焦りつつ、朗は言葉を続けた。
「さっき夢を見たんだ。その夢に出て来た女の子が、こいつにすげぇ似てたから」
「それ、弁解にならないぞ。どっちにしろやばいだろう、そんな夢」
「いや、でもな。夢の中で俺とこいつがなんかしたとかならともかく、まったく色っぽい場面なかったし」
「本当かねぇ」
 疑いの表情で、淳がその場に座った。
「まあ、とりあえずその夢の内容を教えろ」
「分かったよ」
 諦めて、朗はため息をついた。
 ふいに満が、軽く唸り声をあげながら体を動かし、再びその動きを止めた。


 それは、初めて見るタイプの夢だった。意識だけが宙に浮き、巨大なスクリーンの中に入り込む。そんな感覚だった。呆然としながら、朗は目の前に広がる光景を眺めていた。
 抜けるような青空の下に、レンガで造られた並木道があった。その後ろには、同じくレンガで建てられた大きな建物。その建物は、朗達のいる大学にどことなく形が似ている気がした。並木道のところどころに東屋があり、小さなテーブルとベンチが二つ、並べてある。
 その一つに、女の子が座っていた。
 満と同じ顔をした女の子を、朗は不思議な気持ちで見つめていた。満よりも更に華奢な体、一つにたばねた黒髪、ややぱっちりとした目。満の女版が思いのほか可愛くて、朗はなんとなく複雑な思いを抱いた。
 女の子の目の前に、どこかで買ったらしい弁当が三つ並んでいた。恐らく一つは彼女の、あとの二つは他の誰かのものだろう。弁当の配置がそれを物語っている。
 女の子は、何かを待っているようだった。弁当と並木道の間を何度も視線が往復している。やがて待ちきれなくなったのか、女の子がそっとふたを開けた。中に並んでいる大きなから揚げを見て、物凄く嬉しそうに笑った。
 しばらくの間じっとから揚げを見つめていた女の子が、やがてそれをつまみあげた。ごくんとつばを飲み込んでから、そのから揚げをそろそろと口に運んだ。
 ふいに、女の子の体がぐらりと揺れた。間一髪で肘をつき、女の子がどうにか頭を支えた。どうやら突然激しいめまいに襲われたらしい。肘をついただけでは耐えられなかったらしく、やがて前のめりに倒れ込んだ。
 そこで、朗の目の前も真っ暗になった。


「と、いうわけだ」
 説明を終えて、朗は淳に目を向けた。
「な、色気なんてありゃしねぇだろ」
「まあな。でも、それにしてもくだらない夢見てるな、おまえ」
「うっせぇ、ほっとけ」
 朗は、思わずふてくされてしまった。
 ふいに、地面から声が聞こえた。
「不思議な夢だね」
「ん?」
 朗は地面を見下ろした。
「満、おまえ気がついてたのか?」
「うん」
 小さく頭を振りながら、満がゆっくりと体を起こした。
「ごめんね、二人共。たぶん追試だよね」
「気にするな、俺だって気絶しちまったんだから」
 満の背中を叩きながら、朗は答えた。二人の横で、淳が立ち上がった。
「追試は明日だ。二人共、今日は早く寝ろよ」
「おう。まあ、まかせとけって。明日は俺一人で奴らを全滅させてやる」
「あ、そう。よろしくな」
 淳が、大きく伸びをした。
「さて、帰るか。おまえら、手を貸せ」
 立ち上がって向き合いながら、三人は互いに手を握った。
「じゃ、行くぞ」
 二人の様子を確認し
てから、淳が目を閉じた。一瞬にして、三人は寮の前に現れた。ぽきぽきと首を鳴らしながら、朗は淳に声を掛けた。
「おまえの瞬間移動は楽で本当に助かるんだけどさ。この、手を握るってのはどうにかならない?」
「ならない。我慢しろ、俺だって嫌なんだから」
 答えた淳が、二人に背中を向けた。
「じゃあ、食堂でな」
「ああ」
 淳の背中を見送ってから、朗は満を振り返った。
「さて、戻るか」
「うん」
 満を後ろに従えて、朗は寮に向かって歩き出した。





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