帰りたい時-3

Back   HPトップ   Novelトップ

三、

 さらに一時間後。私達は白い部屋にいた。
 殺風景な白一色の壁。白い床。そして、白いベッド。
 ここは、以前榊と私が二人してかつぎ込まれた部屋。ショッピングセンター内での救急室みたいなところだった。
 目の前のベッドには、真っ赤な顔をした榊が眠っている。ここまで榊を担いできた安藤が、ぐるぐると肩を回した。
「もう雨もやんだし、先に帰って下さいよ。榊さんの事は僕が見てますから」
「ううん、いいよ。榊がこうなっちゃったのは私のせいだから」
 榊の寝顔を見ながら、私はため息をついた。
「ちょっと飲ませ過ぎだよね。気づいたら私、五缶もフタ開けちゃってたよ」
「気にする事ないですよ。全部飲むのがいけないんですから」
 きっぱりと言い切った榊が、私の横に座った。
「それより、篠田さん。榊さんと、何かありましたか?」
「何かって……。別に、何もないよ」
「本当に?」
「うん。……まあ、かなり危なくはあったけど」
「危ないって……。そんなに激しく迫られたんですか?」
「うん、割と激しく迫られました」
「……ちっくしょう」
 憎らしげに榊を睨んだ安藤が、そのおでこにぴしっとでこピンをした。
「この野郎、人が見てないと思って」
 でこピンされた榊が、むにゃむにゃ呟きながら眉を寄せた。それを見て、安藤が満足げに笑った。
「ふははは。ざまぁみろ」
「ずいぶんと規模が小さい嫌がらせだね、それって」
 呆れて言った私の言葉を無視して、ふいに安藤が真剣な目になった。
「篠田さん」
「……はい」
 思わず身構えた私の両肩が、強い力で掴まれた。
「榊さんに何を言われたか知りませんが、口車に乗せられちゃいけません。僕は榊さんよりずっと前から……、ずっと真剣に篠田さんの事を」
「ちょっと待ったぁ!」
 突然、背後から声が響いた。
 振り返ると、がばっと起き上がった榊が、そのままベッドに仁王立ちになっていた。
「てめぇ、何してんだこら!今回は俺が口説く番なんだよ。脇役のおまえに口説く権利はない!」
「何言ってるんですか。口説いてる最中に泥酔した人が偉そうに!」
「そんなもんおまえ、寝ちゃったもんは仕方ねぇだろ。じゃあ何か?おまえは不眠不休で、二十四時間女を口説けるとでも言うのか?え、このスケベ!」
「だから、毎回毎回訳分からない事言って話を逸らさないで下さいよ!」
 突然始まった二人のディスカッションを見て、私は力が抜けてしまった。
 そして、やっぱり何だか笑ってしまった。


 私達が、これからどうなるか。それは今でも分からないけど。
 でも、やっぱりもうしばらくはこのままでいたい。そんな気がした。


 それはともかく。
 激しい言い争いをする二人に巻き込まれるのはごめんだ。
 二人に気がつかれないように、私はそっとドアに向かった。
 あのドアを出て、今日はもう帰ろう。大体にして、私だって相当疲れたんだから。
そう思いながらそっとドアノブを掴んだ私は、二つの手にぐいっと首根っこを掴まれた。
「おい、こら!どこに行くつもりだよ」
 振り向くと、榊が厳しい目で私を睨んでいた。その横で、憮然とした顔の安藤が頷いた。
「まったく。誰のせいでこんなにもめてると思ってるんですか」
 ぽりぽりと頬をかきながら、私は首を傾げた。
「ほんとに、誰のせいなんだろうね」
 そのとたん、私に向けた二人の言葉がかっちりと重なった。
「あんたのせいだろが!」


 ……どうやら、このまま帰らせてはもらえないようだ。

          完



Back   HPトップ   Novelトップ


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理